所有印(キスマーク)
コンコン、と執務室の扉を叩く控えめな音に、
ジョットは書類にサインしていた手を止め、小さく口許を緩ませた。
見なくとも扉の向こう側の気配が誰なのか、ジョットには察しがついていたからだ。
入室の許可を出すと待ってましたとばかりに扉が開かれ、
オッドアイの瞳を持った少年が室内に入って来た。
(やはりな・・・・)
自分の予想が当たっていた事に満足し、ジョットは普段見せないような至極柔らかな微笑を湛えて少年を迎えた。
「どうした、霧(ネッビア)?」
『霧』と呼ばれた少年は、紅と蒼のオッドアイにジョットの姿を収めると、
途端に満面の笑みを浮かべてパタパタと駆け寄って来る。
そして、ジョットがいる執務机の所で止まると、再びにっこりと微笑んで。
何か嬉しい事でもあったのだろうか。
いつに無く上機嫌の霧が気になり、ジョットはどうしたのかと尋ねてみた。
すると、いきなり霧がジョットの方へ身を乗り出して来たかと思えば――――、
ちゅっ
一瞬、ジョットの思考は完全に停止した。
今自分の身に何が起きたのか、聡い彼でさえも直ぐには分からなかったのだ。
只、左頬に残った柔らかな感触と仄かな熱が鮮明に残っているだけで。
それが霧の唇だと言う事に数秒を要してしまった。
つまり、自分は霧にキスされたと言う事か。
あまりに一瞬の出来事だったので、言葉を発する事も動く事すら不可能だった。
キスされた左頬に指先で触れ、ジョットはらしくも無く呆けた表情で目の前にいる霧を見詰めた。
「・・・・・霧?一体何を―――・・・」
問い掛けようとした言葉が途中で止まる。
原因は、不機嫌な様子でぷうっと両頬を膨らませている霧を見てしまったからだ。
先程まで浮かべていた零れんばかりの笑顔はどこへ行ってしまったのか。
「・・・・・・付いてないです」
ぽつり、と小さく呟かれた言葉を耳聡く聞き付けたジョットは眉根を寄せた。
今霧が発した言葉と先程の突飛な行動は、どうやら一つに繋がっていると捉えて良いらしい。
だが、その答えを導き出すにはあまりにも情報量が少な過ぎる。
だから、ジョットは素直に霧に訊いてみる事にした。
未だ頬を膨らませている彼を宥めるように、頭を優しく撫でてやりながら。
すると、霧は今度は小さな口を尖らせ、拗ねた顔付きになると。
「キスマーク、付いてないですっ!!」
と、半ば興奮気味に叫んだのだった。
それを聞いたジョットは思わず瞳を瞬かせてしまう。
もしかして、霧は自分にキスマークを付けたかったのか?
だから、突然あんな行動を・・・・・。
ともかく、これで点と点が一つに繋がった。
しかし、どうしてまたキスマークを付けようなどと思ったのだろう。
心事を問えば、霧は素直に理由を話してくれた。
「さっき、雷の守護者が話していたのを聞いたんです。好きな人にはキスマークを残したいって。
キスマークは恋人が自分の物だという証のようなものだから・・・・って」
(大方想像はついていたが、やはり奴が原因か・・・・)
自他共に認めるフェミニストで、大の女好きである彼が言いそうな事だ。
何を話そうがそれは個人の自由で咎めはしないが、霧の前では教育上そのような浮ついた内容の会話は控えて欲しい。
(それで霧は、私にキスマークを付けたい、などと・・・・・)
誰にも公言していないが、実はジョットと霧は恋人同士なのである。
守護者の中には薄々二人の関係に気付いている者もいるようだが、
敢えて追及はせず黙認している状況だ。
だがしかし、恋人同士とは言っても普通のカップルのように決して甘ったるい関係ではなかった。
何せ霧はまだ十四歳の子供で、ジョットとは十歳も年が離れているのだ。
その上、霧は普通の子供達と違い特殊な環境で育った為に、
性に関する知識が乏しく、そういった意味では酷く純粋で幼い少年で。
そんな彼に手を出す事など、誰が出来ようか。
だから、ジョットは霧が成熟するまで待とうと心に決めていた。
・・・いたのだが、キスマーク云々のあんな可愛い行動をされてはその決意も揺らぐというものだ。
しかも、軽くキスをしただけでキスマークが付くのだと思い込んでいる所がまた何とも愛らしい。
それに、これは好機会かもしれない。
そして、二人の関係をより深める為の通過点でもあるのだ。
ジョットは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩を進めると徐に霧の腕を掴んだ。
刹那、声を上げる間も無く霧の身体は執務机の上に押し倒されるような体勢となり。
起き上がろうとしてもすぐ目の前にはジョットがいて、それはかなわなかった。
何が自分の身に起きたのか今もなお理解出来ず、霧は幾度も円らな瞳を瞬きするばかりで。
「ジョット・・・・?」
小首を傾げて、自分を見下ろして来る恋人を見詰める事しか出来なかった。
すると、ジョットはいつもの柔らかな微笑を浮かべて、
「キスマークを付けたいのだろう?なら、私が今から特別に教えてやる・・・・」
と、耳元で囁くように告げたのだ。
今まで聞いた事も無いような甘い響きを持ったその声に、霧の鼓動が大きく跳ねた。
(何だろう・・・、ジョットの雰囲気がいつもと違う・・・・・)
それだけじゃない。自分の身体も何処かおかしくて・・・・。
頬が逆上せたように熱くてたまらなかった。
きっと、今の自分の顔は真っ赤に染まり切っている事だろう。
ドキドキと心臓の音も先程から一向に鳴り止まず、寧ろ益々激しくなるばかりで。
このまま心臓が破裂してしまうんじゃないかと心配になった程だ。
そうこうしている内に、ジョットによってシャツの襟元のボタンを一、二個外され、喉頸を寛がされた。
其処にジョットの顔が近付き、左首筋を彼の舌が触れて軽く舐められる。
「ひゃっ・・・」
湿った感触に思わず声が上がってしまった。
その声を聞いたジョットは顔を上げ、瞳を細めて優しく笑むと、
再び顔を伏せ、今舐めた場所に唇を寄せると強く吸い付いた。
それは、吸血鬼が気に入った獲物の血を余す事無く貪り尽くす姿にどこか似ていて・・・・。
「・・・ん・・っ」
首筋から伝わる甘い痺れるような痛みに、霧の唇から鼻に掛かったような声が微かに漏れる。
ジョットがゆっくりと名残惜しむかのように唇を離すと、
其処には赤い花弁のような痕がくっきりと残っていた。
「キスマークは、今のようにして付けるんだ」
分かったか、と霧の長い髪をさらりと梳いて尋ねると、まだどこか夢心地の表情で霧は小さく頷き。
「・・・・僕も、貴方に付けたい・・」
そう告げるが否や、両腕を上げてジョットが身に着けているネクタイを緩め、
シャツのボタンを数個外して同じように襟元を広げさせる。
そして、先程ジョットがやったように左首筋を強く吸い上げた。
ややあって唇を離せば、ジョットの首許にも真紅の花弁のようなキスマークが出来て。
「付いた!付きましたよキスマークっ!!」
今し方の甘い雰囲気は何処へやら。小さな子供のようにキャッキャッとはしゃいで喜ぶ霧の姿に、
ジョットは思わず苦笑いを浮かべた。
(まだ当分は無理のようだな・・・・)
どこから用意したのか手鏡を持って自分のキスマークを繁々と眺めている霧はとても嬉しそうで。
大人びていても芯の部分はやはりまだ子供なのである。
目が合うとにっこりと無邪気な笑顔を浮かべ、ジョットに抱き付いて来た。
自分が付けたキスマークを確認するかのように指でなぞると。
「これで、ジョットは僕の物ですから。この印が証明ですよ?」
ああ・・・、本当にこの子は何処まで自分を翻弄するのだろうか・・・・・。
そんな可愛い事を言ってくれるものだから、更に愛おしさが募ってたまらなくなる。
所有印(キスマーク)はその内消えてしまうけれど、お前を所有する権利までは消えはしない。
お前はずっと・・・、ずっと私だけの物でいればいい。
そんな風に思ってしまう自分の方が、霧よりよっぽど子供だなと自嘲するジョットなのであった。
Fine
〜あとがき〜
『彼方』のつゆり様へ、相互リンク記念として書かせて頂きました!
因みにリクエストは『初骸でほのぼの甘々』でした!
でも、私が書くとほのぼのじゃなくてどうしてもエロスな方向へ行ってしまう・・・(苦笑)
ちゃんとリクエストに副っているでしょうか??ずれていたら本当にすみません(><;)
でも、書いててとても楽しかったです〜♪♪何だか霧が私の想像以上に可愛くなってしまいました。
私的には頬を膨らませて拗ねたり、キスマークの付け方を勘違いしている所とかが好きです。
初代霧はイコール骸なのですが、現代骸に比べると性格はそんな捻くれてません(笑)
きっと、ジョットの育て方が良かったのでしょうね(^^)
でも精神的にまだ幼い所があるので、ジョットも大変だと思います。
補足ですが、霧はちゃんとジョットを恋愛感情で見ています。
だけど、キスより先の知識がほぼ皆無なので、××な事をしたいとは露ほども考えていません。
何て純粋無垢な子なんでしょう!!!ジョットじゃなくても可愛いって思うよ!!(>ロ<)
こういう子はこのままずっと綺麗なままでいて欲しいよね〜。でもそれは無理な話だけど(苦笑)
あと、今回名前だけですが雷の守護者もちらっとだけ出て来ました☆
作中にもあるように、彼はフェミニストで女好きと言う設定です。
いつか他の守護者達も登場させられたら良いな〜・・・。
ともあれ、つゆり様。大変長らくお待たせ致しました。
お待たせし過ぎた挙句完成したのがこんなのでほんっとにすみません(滝汗)
これでも宜しければ、どうぞ持ち帰って好きにしてやって下さい(^▽^;)
IKURUMI*KURUMIの大空様より相互記念に頂いた初代大空×初代霧小説です。
とても甘甘な雰囲気に始終にやにやとしながら読ませていただきました!ジョットのことが大好きな霧の無邪気さがたまりません。
霧がとても可愛くて、いちゃつく二人の甘い空気がとすごく素敵です。こんな子がすぐ傍にいるジョットがうらやましくてたまりません〜っ。ぜひ嫁にほしい!
すばらしい小説、ありがとうございました!!!
2008/04/15