君のいない世界は虚無の塊で、僕はからっぽの器になった
ゼロレクイエムから、もうすぐ十年がたつ。
あの日から、目まぐるしく変わる世界の中で、僕は一人静かに生き続けている。
「ルルーシュ、ロロ、今日はいい天気だね」
両手一杯に色とりどりの花束を二つ抱えて僕はにこりとほほ笑んだ。さくさくと、風に揺れる野草を踏みしめて、小高い崖の上、世界を見渡せるその場所に穏やかにたたずむ。
あの日から、十年間。この場所にルルーシュを眠らせたその時から、決して変わらない僕の日常だ。
「珍しい花びらの花を見つけたんだ」
これなんだけど、花びらの形がハートみたいで、ロロのストラップによくにているよね。
両手に抱えていた花束を、そっと地面に下ろしてその中から一本を抜き出す。ほら、と差し出した先にあるのは、ルルーシュとロロの墓石。名前は刻まれていない。二人の安寧のために刻むことは、できないから。
ルルーシュをどこに眠らせるか、結構悩んだのだけど、ロロの隣の方が二人とも喜ぶと思って、この場所に落ち着いた。
頬をなでる風は優しい。これが世界の形なら、ルルーシュの願いは成就したのだろう。
目を細めて、悪戯に髪をなびかせる風を甘受する。この十年で、僕の髪はずいぶんと伸びた。肩に付かず自由奔放にはねていた髪は、前髪だけを残して全て長く伸びて背中に流れている。短かった時はあれだけ跳ねに跳ねていた髪も、伸ばしてしまえば重力の影響なのか比較的真っ直ぐに背中に落ちていた。毛先がゆるやかにくるりと丸まっているのは、ご愛嬌だ。
「今日はね、ここでお昼ご飯を食べようと思って。だから、いつもより来るのが少し遅れたんだ」
普段なら、朝靄や朝露の残る早朝から花を摘んでこの場所にやってくる。そして日が昇り、辺りが温かくなったころに、家に戻る。
けれど、時折こうやってバスケットに三人分の食事をつめてやってくるのだ。ピクニックだよ、と笑って、名前の無い墓石の前でお弁当を広げる。そうして、夜まですごす事も、十年前は多かった。
今では、二人のために育てている花や、自給自足のために育てている野菜の世話で、そういったことも少ないけれど、虚無感にとらわれていた十年前は、下手を据れば三日くらい平気でこの場所に佇み続けた。
「今日のお弁当は、サンドウィッチだよ。具は卵とハムとツナにチーズ。トマトはね、いれたかったんだけどまだ収穫の時期じゃないからあきらめたよ」
にこにこと微笑んで、ほら、とバスケットの蓋を開ける。お昼には、まだ少し早いからバスケットの蓋はすぐにしめて、横に置いた。
「ロロ、今日も少しだけ、さわらせてね」
一言断って、ロロの墓石にかけられたストラップに手を伸ばす。優しい仕草でなでて、そうっと白い布でふく。
ストラップは十年前に比べて随分と色あせてしまったけれど、それでも綺麗な状態だと思う。十年間、雨風にさらされていながら、これほど綺麗な状態で現在まで残っているのは、ルルーシュをこの場所に眠らせて数日後に、僕が色々と加工を施したからだ。
僕の住む部屋にもっていこうかとも考えたのだけれど、ロロはそんなことをすれば悲しむだろうと思ったし、いつも大切に持っていたものだから、どんな理由があってもとりあげることは憚られた。
それでも、雨風にさらされれば、風化してしまう。それも悲しむだろうな、と思って、ロロに丁寧に断った後持ち帰らせてもらって、防水加工を施した。
割れ物を扱う様に、そっとそっとストラップを拭くのも、僕の日課の一つ。できるだけじかんをかけて、丁寧に拭く。
「ロロ、君は僕を恨んでいるのかな」
一体幾度、繰り返した問いかけだろう。飽きもせずに今日も繰り返す自分に、少し呆れる。
それでも口を衝いて出てしまうのは、仕方がない。答えは無いと知りながらも、問いかけずにはいられないから。
ルルーシュを兄と慕ったロロ。
ルルーシュのために、死ぬことすらいとわなかったロロ。
僕にもそれなりに懐いてくれていたと思うけれど、当然ながらルルーシュには適わなくて。
むざむざと、ルルーシュを死なせてしまった僕を、ロロは恨んで、いるのだろうか。
言葉に反して口調に自嘲の響きは無く、ただただ穏やかな口調で僕は返事の返らぬ問いかけを繰り返す。
「でもね、ロロ。たとえ君に恨まれても」
僕は、自分の行動を、あの時の判断を、決して後悔はしないよ。
「だって、ルルーシュは笑ってくれたから」
それはすごく、悲しそうなつらそうな、笑みだったけれど。最期の瞬間、確かにルルーシュは微笑んでいたから。
僕は、僕のことを責めないよ。
「と、なんだか今日はしめっぽいなぁ」
苦笑して、ロロのストラップから手を離す。綺麗になったのを確認して、微笑んで、空を見上げた。
僕の瞳の色だと、君が例えてくれた空は、澄み渡ってすがすがしい。遠くにある雲は真っ白で、穢れが無くて、世界はとても美しく見える。
眼を細めて、全身で世界を受け止めて僕はまた幾百幾千繰り返したのかわからない言葉を口にする。
「ねぇ、ルルーシュ、世界は、君の願った通りになったかな」
もうすぐ、君が死んでから十年になる。
君の望んだとおり、僕はまだ、この世界に存在しているよ。
2009/11/11