君を愛しく思う心に、生死なんて笑えるほど瑣末なことだ




どれほどの間、じっとルルーシュの顔を見つめていたのだろう。どれほど見つめたって、穴が開くほど見つめ続けたって、固く閉ざされた瞳が開くことがないのは、わかりきっている。それなのに、どうしても視線がはずせない僕は、心のどこかでこの現実を認識していないのだろうか。
スザクは、なにも言わない。ただ、廊下で、この部屋の境界線の一歩手前で、静かに静かに、佇んでいる。本人は気配を消しているつもりかもしれない。けれど残念ながら、僕には通じなくて。
僕はスザクがいることを知りながら、それでもなお、動けない。

(ルルーシュ)

君は、君の思いを貫いた

君の行動は、懺悔だったのだろうと思う

殺してしまった沢山の人たちへ、そして、なによりも初恋だったと言うユーフィミア皇女殿下への
心優しい彼女の手を血で汚してしまったと悔いていた
浅はかな言動だったと、己を責め続けていた
虐殺皇女などという、彼女からは一番縁遠かった仇名をつけてしまったと

君が世界の為に死ぬことは、殺してしまった人々への、彼女への懺悔だったのだろう

その気持ちは、痛いほど分かるつもりだ。かつての僕も、許されるならばそうしたかった。

僕と君はとても似ていて、けれど決定的に違っていた

僕は死ぬことを許されず、君は死ぬことを決意した

死んで報いたい、その気持ち、どうしようもなくわかるんだ。でも、でも、
それでもやっぱり、僕は

「生きて、償うべきだったと、思うんだよ」

だから、あんなことをいった。ゼロレクイエムに反対した。僕が身代わりに、死んでよかった。
優しい君は、そんなことは許さないと知りながら、それでも僕は。

心の底から願っていた

「君が、生きることを」

それは、とてもとても傲慢な願いだけど。
大勢の人を殺した君、数え切れないほどの人々を殺した僕。
僕らにとって、誰かの生を願うことほど、罪深いことはないと知りながら。

それでも君は、僕の生を願ってくれた。
だから、

「一緒に、いこう」

僕は死ねない。契約も、あるけれど。なによりもルルーシュが“生きろ”と願ってくれたから。言葉にはしなかったけれど、生きてくれと、全身で訴えたから。

僕は君のギアスにかかろう。

「……ゼロ」

呼ぶ声は、静かに。彼の眠りを妨げないように。
平坦な声は、自分でも驚くほど冷たい響きを持っていて、ああ、僕は彼以外のゼロなど必要ないのだと再認識した。彼だからこそのゼロだった。同じ仮面を被り、同じ服をし、同じ言動をしたとしても、彼でないゼロを、僕はゼロと認めない。

「なに」

返答は、割と早かった。僕の声があまりに冷たく凍てついた声だったからか、たった二言の返事はずいぶんと緊張を孕んでいた。それが無性におかしくて、笑ってしまいたいのに、顔は表情を動かさない。視線も先と変わらず、眠り続けるルルーシュに固定されたまま。

「ルルーシュを、僕に」

この言葉だけで、通じたのだろう。ゼロが、背後で息を呑む気配が伝わってきた。
何を驚くことがあるのだろうか。僕等の関係はゼロとて知るところだったはずだ。僕の想いを、ゼロは知っていたはずだ。ゼロは一から百、否、万を知る存在だ。そんな彼が、どうして僕の言葉に驚くのだ。予想できなかったなんて、そんな言い訳、知らない。

「ゼロ」

返ってこない返事に、内心苛立ちながら、それでも声は冬の湖に張った氷のようにどこまでも平坦に冷たく、響いて消える。
もう一度、呼ぶために口を開こうとして、そこで、ようやく返答が帰ってきた。

「どこに、いくつもりだ」

その声音はスザクだったけれど、声質はゼロだった。僕がゼロと呼んだ意味を、きちんと悟ったらしい。
そう、ルルーシュが死んだその瞬間から、世界から枢木スザクという存在も消え失せた。今存在しているのは、枢木スザクの身体を借りた記号としての存在、ゼロだ。
それはとても残酷で、同時に酷く優しい罰だった。

(ルルーシュ、君はどこまでも優しすぎる)

僕だったら、同じことは出来ないだろう。ルルーシュだから、ルルーシュだったから。他人には厳しいくせに、一度懐に入れてしまえばどこまでも優しいルルーシュだったからこそ、出来たこと。
そんなところも、好きだったのだと、ふわりと浮かんだ考えに知らずに笑みが漏れた。
ほんの少しだけ柔らかくなった声で、それでもやっぱり冷たい響きをはらんだまま僕は口を開く。

「悪逆皇帝は、皇家の墓に埋葬できない。墓荒らしが必ず出るからだ。なら、どこに。人知れない山奥に?無駄だよ。どんな秘境の奥地に埋葬しても、必ず誰かが気づいて掘り起こすし、必ず誰かがかぎつける。墓守なんて意味はない。そこにいるだけで“特別”なのだと教えてしまう」

世界の為に、己を捧げたルルーシュに、ギアスに翻弄されつづけたルルーシュに、やっと訪れた安寧の眠りを妨げるなど、存在しない神が許しても僕が許さない。
世界が肯定しても、僕が否定する。
だから、だから。

「ルルーシュ、一緒に行こう」

もう、ゼロの答えなど必要ない。そうっと、硝子細工のように繊細な身体を抱き上げれば、予想以上に軽くて、それが元来のものではなく、出血のせいなのだと悟って、悲しくなる。目じりを下げて、目を細めて、泣きそうな顔になりながら、僕は決して涙は落とさなかった。

「ルルーシュ、どこに行こうか。海の見える丘の上?自然の豊かな山林の中?ロロの隣の方が、君は喜ぶかな」

軽すぎる身体を抱き上げる腕に力を込めて、少しでも近くで彼を感じようと試みる。無駄だと分かっていてもしてしまうのは、人の性だ。
迷いのない足取りで、ゼロの隣を通り過ぎようとした僕に、はっと我に返ったらしいゼロが言葉をかけてきた。取り繕うことを、忘れた声音で。

「どうして、泣かないの?」
「どうして、泣く必要がある」

即座に返した言葉に、スザクは言葉に詰まった。詰まるくらいなら、最初から言わなければいいのに。冷ややかな思考に反応しているのか、取り繕うことを忘れたスザクに反意してなのか、僕の口調は冷徹だ。まるで、遠い昔の、皇帝時代のそれ。

「ルルーシュは、泣かれることを望みはしない」

優しいルルーシュは、自分のために流される涙を喜びはしない。
僕が泣いたら、困ったように眉根を寄せて、難しそうに唇を引き結んで、一瞬で何百通りと僕を慰める方法を考えた後で、結局なにもできずにおろおろするに違いない。頭はいいのに、突発的なことには本当に弱かった。

「泣くのは、大切なことだよ」
「泣くのは、残されたものの自己満足だ」

泣いて泣いて泣いて、それで死んだ人が生き返るなら。僕は涙が枯れ果て、血が出るまで泣き続けよう。
でも、現実はそうじゃない。ルルーシュの望むように優しくないから。せめて、ルルーシュが望むように。僕は涙を見せないでいよう。

「でも、泣くことで人は前に進む」

決然とした言葉。スザクがどんな真意で僕に「泣かないのか」と聞き「泣いてくれ」と訴えるのかは知らないが、僕にとってはどうでもいいことだ。
ふっ、と口元を嘲笑が彩る。

「誰の受け売りだ。自分のものでない言葉に、意味などない。浅薄な」

ルルーシュのいない世界は酷く寒くて、凍えてしまいそうだから。僕の言葉がつめたいのは、きっとそのせい。

「愚かさを知れ」

それだけを言い残して、僕は興味を失ったその場から立ち去った。










「その服は、少し趣味が悪いよ」

こつこつと、足音を隠すことなく地価の回廊を歩きながら、僕は一人語りかける。腕の中の人物に。決して成立することのない話題を投げかける。

「君には、黒が似合う。アッシュフォード学園の制服のほうが格好いい」

ゼロの服も黒かったけれど、ルルーシュにはアッシュフォード学園の制服がよく似合っていた。自分が着るのと、ルルーシュが着るのでは全然見栄えが違っていて、不思議だと首をかしげたものだ。
あまりに僕が首をかしげたまましげしげとルルーシュを眺めているものだから、訝しがったルルーシュに問い詰められた。素直に白状した僕に、ぽかん、とした表情をした後、呆れ返ったルルーシュは、額に手を当てて「お前、自分が学園でなんて呼ばれてるか知らないのか」とため息を吐いたのだ。
尋ねた僕にルルーシュは教えてくれなかったから、結局いまだに知らないままだけれど、それはそれでいいのだろう。いずれ時がくれば、ふとしたときにわかるかもしれない。
今ではもう、二度と戻らない過去だ。それも愛しく抱きしめて、僕は君と二人、一緒に行こう。
君はもう、話さないし、笑わない。僕の記憶だっていずれは薄れて声も顔も思い出せなくなるかもしれないけれど、君と言う存在があったことを、僕は決して忘れないから。だから。

「二人でいよう」

世界の変革を、緩やかに流れる時の中で感じよう。君が命を捧げた世界。一度壊した世界の再生を。穏やかな空間で、君と二人見つめていよう。

「ルルーシュ」





君と二人なら、僕はきっと生きていける。




ほんのり狂気を感じさせるライくん。
どれほどに出来た人間でも、最愛の人を失えばどこかが壊れる。壊れないのは、人ではなくロボットだ



2009/11/10