二度目の忠誠




気づいたときには、全てが遅い。たいていの場合が手遅れであり、今回もそれがぴたりと当てはまるに違いなかった。
ルルーシュは違和感に気づくだろう、ライの持つ未知の力を悟るだろう。
そのときどんな感情が向けられようと、ライには逃げるすべはない。受け止めるしかない。

たとえ、そのせいでライの心が壊れるとしても。










乾いた枝を集めて火をおこした。先ほどの兵たちの数はルルーシュから助け出された現場で最後に確認した兵士の数と一致している。ならば残党はもういないはず。仮に煙に誘われてでてきたら返り討ちにするだけだ。剣を振るう事にためらいはなく、ギアスの力を行使する事にすでに戸惑いもない。
一度は使った力だ、どうせ不振に思われる。ならば幾度使ったところで、結果は同じ。
開き直りというよりも、捨て身になっているといってもいいライの心境。だが、自身はそれに気づかずに火の傍に膝を抱えるように座り込んだ。
酷く、寂しかった。こんな気持ちになるのはいったいいつ以来だろう。母と妹に心配をかけないよう、余計な不安を与えないように、どんなに辛くとも笑みを浮かべてきた。
どこでどう、二人に話が繋がるか分からなかったから、二人が居ない場所でも気丈に振舞ってきた。
たとえ一人の時だって、どれほどきつかろうと弱音を吐きはしなかった。
それが今、目に見える形で落ち込んで、膝を抱えて、不安に震えているなど。笑い話もいいところだ。

「……」

ぱちぱちと、火がはぜる。ゆらりと炎が揺らめいて、ライの空色の瞳に赤い光を映す。ゆっくりと瞬きを繰り返すライの耳に、先ほどとは似ていて異なる足音が飛び込んできた。
びくりと体が大きく振るえ、それを隠すように強く己の腕を握り締める。さくさくと、迷いも敵意もなく近づいてくる足音。軽いそれは、間違いなくルルーシュのもの。耳を研ぎ澄ませるライに、開けた場所に出て一安心したのか、ルルーシュが僅かに息を吐く音が届く。そして。

「陛下っ」

あせった物言い、とがめる言の葉。それにすげなく返せば、ルルーシュはあたりを見回したようだった。知らず知らず体を小さくすくめてしまう。けれど、何かを悟ったはずのルルーシュから零れ落ちたのは、ライが予想していない言葉だった。

「陛下、おっしゃられていたハーブ類を採ってまいりました。ローズマリーもありましたよ」

穏やかささえともなって、告げられた台詞。言葉の裏に影はなく、僅かに嬉しそうな色合いさえ滲ませて。
なにも、見なかったと伝えるように、切り替えられた話題に、ライは呆然とルルーシュを見上げた。

「……なぜ、だ」

震える声、己をとがめることさえできず、ライはルルーシュを睨み付ける。笑みから一転させ、戸惑い、いや勘定の読めない表情を浮かべたルルーシュに、ライは激しい口調で言い募る。

「お前は気づいているのだろう!この不自然な状況に、おかしな事態に!」
「……」
「なぜ追求しない!危険だとは思わないのかっ、己の身の心配をしないのか?!未知への不安は大きいだろう?!!」

詰め寄るまではしなかったものの、立ち上がり大きく腕を振って語るライにルルーシュは目を細めた。ぎり、とかみ締めた唇。柔らかい唇の皮膚が裂けるのは時間の問題で、すぐにでも血はあふれていただろう。
けれど、ルルーシュの一言が、またもライの行動をとめた。

「陛下、ですから」
「……なに、」
「陛下ですから。どんな力も、能力も、お持ちになっているのが陛下ならば。なにを、心配することが、不安がることがあるというのです」

さも当然のようにつむがれる言葉たち。とめどなく、よどみなく僅かの迷いの片鱗すらみせずに、ルルーシュは苦笑すら交えて、口を開き続ける。

「な、にを……」
「私は知っています。陛下は優しい方です、それこそ私の知る誰よりも。だから、陛下がお持ちならば、たとえそれがどんな力であろうとも、恐れることはありません」
「ふざけるな!私が優しい?!お前の目は節穴か!ありえない能力をもち、異能の力を操る、他者を顔色一つ変えずに殺していく、そんな人間が、優しいと!お前は言うかっ」

優しいなんて、母と妹以外からは始めて投げかけられた言葉だった。鼻で笑い拒絶すし、己を傷つける言葉を吐くライに、ルルーシュはほんの少し足を進める。距離が縮まって、ライは反射的に逃げ出そうとする両足を地面に縫いとめるのに必至だった。

「優しいですよ。陛下は優しい方です。たとえどんな力を持っていても、それがどれだけ常識から逸脱していても。陛下がお優しいのは事実ですから、私はいくらでも繰り返します。それこそ、陛下が納得されるまで何万回でも」

ライが逃げないことに安心したのか、ルルーシュがさらに歩を進める。ライの瞳が揺れて、険しさから泣きそうなそれに、変わった。
その変化を確かに認めて、ルルーシュは笑う。安心させるために、安堵を与えるために、己が知るより幼いライの心を軽くするために。

「陛下。おびえないでください。陛下は、誰よりも人間です」

その言葉だけならば、何も知らない人間からすれば理解できないものだったに違いない。
だが、幼くして異能の力を手に入れ、その力を存分に振るい父を、兄を殺して今の地位を手に入れたライにとって、心の奥底でずっと、誰にも言えないまま抱え続けた恐怖でもあった。
誰かに、肯定して欲しかった。認めて欲しかった。守るために使い続けた力を、否定しないで欲しかった。
全てひっくるめて、自分を愛して欲しかった。
母も妹も、ギアスを知らない。だれにも言えず、生涯叶わないと諦めていた望みが、思わぬ人物から肯定されて、願い続けた包み込む愛情すら同時に向けられて。
張り詰め続けた緊張の糸が、ぷつりと途切れた。

「わた、し……はっ」

俯いたライの視界に漆黒が移りこむ。ぬばたまの闇に、黒曜石のきらめきを落としたような、全てを包む優しい黒。

「陛下、我が身はどこまでも陛下と共に」

木登りをしたせいか、薄汚れてところどころ綻びた手袋越しに、ルルーシュがライの掌をそっと戴く。手の甲に落とされた誓いの印に、ライは小さな嗚咽を漏らした。





胸を締めるのは、認めてくれる人が現れた歓喜か、人と違う己を認められてしまった絶望か。
わからないままに、ライはルルーシュの忠誠を今度こそ確かに受け入れた。








2010/05/06