土の味
(ライくん狂王でスザクに酷いことばしばし言ってます)
(スザライ好きさんはユーターン推奨)
(最後……ルルライ?な感じですが、ルルライだと言い張ります)
ナナリーを助けるために、ルルーシュはスザクに協力を仰ぐのだといった。学生のスザクならばまだしも、今の彼は皇帝直轄の騎士団ナイトオブラウンズの一員であり白き死神の異名を持つナイトオブセブンだ。
危険すぎると反対するライに、憔悴し疲れたきった顔で、ルルーシュは「友達だから」と小さく呟いた。ともすれば、聞き逃してしまいそうなほどかすかな声音であったのに、ライの耳にそれは酷く印象深く響いた。
無理に止めれば、ルルーシュは壊れてしまうと悟った。なにより愛する妹の危機に、己を取り巻く状況に、ルルーシュは触れれば壊れてしまいそうな均衡を保っていたのだ。元からが細すぎる糸の上の綱渡り、振り返れない業の歩み、罪悪に責められるだけの茨道。
反逆の黒の衣を脱ぎ、アッシュフォード学園の黒の制服に身を包み、思いつめた表情で出て行くルルーシュを、止める術をライは知らなかった。
ルルーシュが向かうのは、幼少期を過ごしたという枢木神社。そこは日本がエリア十一になる前のスザクの家だったという。聞きかじった情報を脳裏に思い起こして、ライはそっと電信柱の影に身を寄せた。
『お前は付いてくるな。約束なんだ』
脳裏に蘇るルルーシュの言葉。
ルルーシュの騎士であるライにとって、主であるルルーシュの命令は絶対だ。だから、ルルーシュの後を追いかけているライの行動は、命令違反に他ならない。それでも心配でたまらなかった。ルルーシュがいうように、ライはスザクを信じることができなかった。
スザクは、決して悪い人間ではないと思う。けれど同時に、良い人間でもないのだと感じていた。彼は純粋だ。真っ直ぐで、前しか見ない。自分を信じて、一度決めたことは貫き通す。ルルーシュにも同じ部分はあるが、スザクのそれは、明らかにルルーシュ以上だ。スザクの正義への執着は、いっそ異常だといっていい。歪んでいる、さらに悪く言うなら、狂気だとライは思う。
かつて狂王と呼ばれたライだからこそ、感じ取ることができる。スザクは、危ない。
純粋すぎるから生まれる狂気をライは知っている。自身の経験も含め、知り尽くしている。ルルーシュに与える影響力、彼自身の能力、様々な意味でスザクは危険だ。ルルーシュを近づけてはいけない。けれど、ルルーシュはライの言葉では止まらないから。
ライは、ひっそりとあとをつけることしか出来ない。無理だろうけれど、叶うならば二人の話し合いが穏便に済むことを祈って。
震え、今にも感情のままに振り上げそうになる拳を握り締めることで押さえ込む。過度な力に、掌の皮膚が悲鳴を上げるがそんなものは知ったことではない。ライは、全身全霊の力で今にも飛び出しそうになる己を押さえつける。
ルルーシュの先回りをしたライは、枢木神社の藪の中に隠れていた。当然、スザクに悟られないよう一切の気配を消して。先にこの場に潜んでいたブリタニアの兵士たちは、ギアスを使って黙らせた。二人きり、そういう約束だとルルーシュがいっていたから、兵士たちを見ただけですでにライは逆上しそうだった。
スザクはルルーシュとの約束を守るつもりがない。いざとなれば、単身でナイトメアと渡り合うことさえ不可能ではないだろう身体能力を持ちながら、非力だと本人すら認めるルルーシュと相対するのに、武装した人間を配置している。
ルルーシュは、ライすら置いて、一人できているのに。
今にもルルーシュを連れ帰りたいのを我慢してライは隠れた。黒の騎士団関係ならば、不利になろうとルルーシュの身の安全が第一だと飛び出してしまえるが、事はナナリーが関わっている。ナナリーになにかあれば、過度な表現ではなく、ルルーシュは死んでしまう。
それがわかっているから、怒りに震える体を押さえつけて、迸る殺気を飲み込んで、ライは隠れ続ける。
そして、隠れ続けて、目の前に広がった光景に、つぷり、噛み締めた口の端から鉄の味が滲んだ。
「っ!」
スザクが、スザクがルルーシュを足蹴にしている。土下座して、ナナリーを助けてくれと懇願するルルーシュを、ならばユフィを生き返らせろと怒鳴りつけて、踏みつけている。
許しがたかった。許せなかった。たしかに、スザクの言い分とておかしなものではない。それでも、ルルーシュの葛藤も、境遇も、悲運も、なにも知らない癖をして。己だけが被害者であるかのように振舞って。
泣いて喚いて、八つ当たりをしている。彼女を、ユーフェミア皇女を守れなかったのは騎士であるスザクの責任とて皆無ではないはずなのに。
血の味のする口内でぎりぎりと奥歯を噛み締めて、それでもライは動かない。今動いてしまえば、ルルーシュの意志を無視してしまう。彼は、きっとこうなることも予想したうえでこの場に臨んだはずだ。
これからルルーシュが紡ぎだすだろう、ナナリーを助けるための道しるべを、ライが壊すわけにはいかない。
限界だった。
ルルーシュと、スザクが手を取り合って、ほんの僅か安堵した。けれど、それをあざ笑うかのように、神社の階段下から兵士が駆け上がってきてルルーシュを拘束した。目を見開き驚くルルーシュの前で、以前ちらりとテレビで見かけたことのある、シュナイゼルの付き人がスザクに声をかける。
「裏切ったなぁぁぁ!!!!!」
ルルーシュの、慟哭が響き渡る。裏切られた怒り以上の悲しみを篭めた、友に売られてそれでもまた友を信じようとして、嘲笑われた、ルルーシュの。
ぷつり、脳内で何かが切れた音がした。
「その手を離せ、下種共が!」
こうなってしまえば、約束も命令も、友達も関係ない。騎士として主君たるルルーシュを守るだけだ。
隠れていた場所から飛び出して、ルルーシュを捕まえていた兵士に回し蹴りを食らわせる。反対側でルルーシュを拘束していた兵士が突然の乱入に驚き、反射で懐に手を伸ばしたのを認めて、即座に足払いをかけた。後ろから襲い掛かってきた兵には振り向きざまに肘鉄を見舞って、倒れたところを容赦なく踏みつける。
「ライ?!」
驚いた声はスザクのもの。ライの守るべき主君、ルルーシュは驚愕に目を見張るばかりで、その瞳から一時的ではあろうが裏切られた絶望が消えているのを見て取って、安堵に僅かに微笑んだ。
だが、それもすぐに掻き消える。ルルーシュを背後にスザクと相対し、ライはすっと蒼い瞳を細めた。
「……やはり、君も……っ」
ライとルルーシュの関係は、学校でも公認のことだ。ルルーシュがゼロかもしれないという予測を抱いたときから、同時にライも黒の騎士団に関係しているだろうとスザクは睨んでいたに違いない。
現に驚きから一転して、ライを見つめるスザクの表情は歪んでいる。だがそれでも、ルルーシュに向けた憎悪よりは幾分か和らいでいて、瞳に非難こそあったが憎しみは緩かった。
「君も、ルルーシュに誑かされたのか……!」
「違う」
「そう思っているだけだ!いまからでも遅くない、こっちに来るんだライ!!」
ルルーシュを後ろに庇うライを通り越し、ルルーシュをにらみつけるスザク。それが酷く腹立たしかった。
罵られるのも嘲笑われるのも裏切られるのだって、自分ならば構いはしない。そんなものは、過去の時代において幾度となく体験している。いまさら、心が揺らぐことはない。だが、ルルーシュだけは。ルルーシュにだけは、そんな感情を向けることを、ライは許さない。
声を荒げるスザクに、口を噤んでいたライがゆるりと口を開く。
「堕ちたな、スザク」
放たれた言葉は、怒りを抑え凍てついていた。言葉に温度があったならば、即座にこの場は凍りつき、北極にすら負けない絶対零度の空間になっただろうと、錯覚させるほどに。凝り凍り付いて、まとわり付く、たった一言でその場の全員を平伏せさせることが出来そうなほど、ライの言葉には圧倒的な重みがあった。
背後で息を呑む気配を感じ、ライは下ろしていた右腕を緩慢な動作で僅かに上げた。それだけで、ルルーシュの動きが止まる。
ライを止められるのは、ルルーシュのみ。そのルルーシュすらも押さえつけ、ライは立ちはだかる。纏う雰囲気は、覇者のそれ。
「貴様は、騎士のなんたるかを愚かしいほどに理解していない」
うっそりと、放たれた言葉は重力すら纏って。銃弾のごとく相手を貫く。眼光は鋭く、射貫かれれば穴が開いてしまいそうだ。
学園でのライからは考え付かない言葉遣い。二人称の変化。別人ではないかと、錯覚してしまう凄烈な王の気配。
全てにおいてこの場の誰をも凌ぎ場の主たりえん雰囲気を放つライに、乱入してきたとき以上の驚愕でスザクは二の句が告げなかった。こんなライをスザクは知らない。スザクが知るライは、記憶喪失ですこし感情が薄くて、でもミレイたちを筆頭に生徒会のみんなのおかげでどんどん人間らしく笑うようになった姿だ。認めたくはないが、ルルーシュの隣で幸せそうに、見ているだけで蕩けてしまいそうな甘い笑みを浮かべる姿だ。
絶句するスザクを前に、醸し出す冷涼たる気配をいっそう尖らせてライはルルーシュを止めるために上げた手をスザクに向けた。
「貴様は何者だ。日本最後の首相の息子か、ユーフェミア皇女の騎士か、第九十八代皇帝の、飼い犬か」
最後の言葉、皇帝を愚弄する台詞に本来ならばブリタニアに忠誠を誓う兵士たちは即座にライを捕らえなければならなかった。だが、ライの纏い放つ気配がそれを許さない。微々とすら、動くことを許可しない。息をすることだけは、最低限認められた空間で、鋭い問いを投げられたスザクは、喉がひりつくのを感じた。
皇帝に、友を、ルルーシュを売ったとき、合法の手段で日本を取り戻すためならば、自分の心は捨てたはずなのに。皇帝と対峙し、ラウンズに下るため、恐怖も畏怖も、全て投げ打ったはず。それでも、心が恐怖を叫んだ。
「ぼ、くは」
「我が主の友などと、口が裂けても言うなよ。今すぐ、その首飛ばしたくなる」
神にすら匹敵しかねない美貌でもって、ゆるりと微笑む姿は、そこだけ切り取れば一つの名画。だが、見るもの全てを恐怖で絡め撮る、魔王でもあった。
「貴様、私に言ったな『まだ戻れる』と。巫山戯た戯言を抜かすな小僧!」
スザクに突きつけていた腕を、勢いよく横になぎ払う。凝った空気がそこだけ揺れて、風を巻き起こした。
「私は騎士、仕えるはルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。なにがあろうと、主君に最期まで絶対の忠誠を誓うことこそが騎士たるものの務め。貴様は、騎士である私に主君を裏切れと言った。この上ない、最上の愚弄の言葉!」
力強く怒りに満ち溢れた言葉が、容赦なく叩きつけられる。言葉の裏に込められた「そんなことをほざけるうちは、貴様は永劫本物の騎士とは成りえない」そんな嘲りも受け取って。受け止めて、しまって。
ユーフェミアの騎士だった、スザクは最後の心のよりどころを、粉々に砕かれた気が、した。
「貴様は主君を定めることすらできない駄犬。見ていて滑稽で、笑えもしない。いっそ笑えれば、道化とも呼びようがあるというものを」
「や、め……っ」
「裏切りの騎士、その呼び名は貴様には過ぎたものだ」
嘲りの称号であろうとも“騎士”と名乗ること自体が驕っている。冷め切ったライの侮蔑を一心に注がれて、現時点、この場において絶対的支配者から存在を、否定されて。
完全にライに飲み込まれた世界の中で、ライからの拒絶と否定は世界からのもの。そして、主を傷つけた存在に、騎士は容赦も情けも持ち得ない。
ライが世界の中心のこの場で、スザクを守るものは何もない。唯一の心の盾であった、手に握る騎士号を授けてくれた、心優しい皇女の騎士であったことは、完膚なきまでに打ち砕かれた。
自信を象る全てを拒絶され、スザクはふらりと後ずさった。
「ライ!やめ−」
見ていられなくなったのか、ようやく豹変したライの衝撃が抜けたのか硬直状態から抜け出したルルーシュがライの服を掴む。止めることばは、ライによって断ち切られたけれど。
ルルーシュを腕に抱え、ライは笑む。ぐっ、とわざと兵士を踏みつけたままの足に力を込めれば、かえるの潰れるような声がした。ルルーシュが傍にいる手前、骨を折り内臓を傷つけるような真似はすまい。今更出しかないが、極力彼には血なまぐさいものを見せたくない。
兵のか細い悲鳴、それを心地いいとは思わない。だが、牽制には十分だ。
「我が主を弄んだこと、殺してくれと幾億懇願しようとも足りない苦痛でもって贖わせてやる」
ルルーシュの目元を抱き寄せているのとは反対の手で覆い、最後に足元の兵士を蹴り上げて、スザクのほうへ転がす。隠すつもりのない殺意を叩きつければ、スザクがとうとう膝をついた。
憂さも晴れてはいないし、スザクがルルーシュにしたことを思えばこの程度では到底釣り合わないが、ルルーシュ自身がライがスザクに直接手を下すことを快く思わないだろう。主の心境をきちんと汲むのも騎士の務め。この場はこれでいい。これ以上は、ライが止まらなくなってしまう。
それでも溢れる憎しみを止めるつもりもなく、鋭い視線とともに再びスザクへ叩きつけ踵を返したライの背中に、か細い声がかかった。
「……君は、なにものなんだ……」
ちらりと振り返れば、地面に膝を付きうなだれるかつての級友の姿。
力なく肩を落とすその様はとても死神と喩えられるとは信じがたく。ライは如何に己が狂っているのか、突きつけられているようだった。
ああ、だがそれがなんだという。かつて恐れ畏怖されたこの、力で。ルルーシュを守れるのならば。腕の中に抱く孤独な王を、絶望から引きずりだせるならば。
「狂王だ」
笑みすら浮かべて、甘受できる。
ねえさまとのメッセででたネタでがりがり書かせていただきました。
ねえさまは萌えの宝庫v投下されるネタ&シュチュが一々ツボすぎますvvv
あ、スザクにいらっとすることはあっても嫌いじゃないのですよ!
2010/03/01