背中合わせの運命(気まぐれに15のお題)




「……違う、間違っているぞ」

力を篭めて握り締めた拳は白くなり、爪が掌に食い込む。後僅かでもさらに力を篭めようものならば、柔らかい皮膚は裂け、赤い血が滴るかもしれない。けれど、今はそんなことに構っている場合ではない。
ライは目の前で漆黒の髪に目元を隠し、うつむくルルーシュを視野に納めて唇を噛んだ。つむがれる、否定の言葉が重くのしかかる。決して、受け入れられることはないのだと雰囲気が物語り、袂は別たれてしまったのだと、思い知りたくない現実を、受け止めざるを得なかった。

「ルルーシュ……!」
「ライ、お前は間違っている」
「違う、間違っているのは僕じゃない!ルルーシュのほうだ!!」

再びの否定の言葉に、我慢しきれず頭を振る。白銀の髪が重力にしたがって舞い、俯いたライの目元を隠す。先ほどまで、ライを見ていなかったはずのルルーシュの視線が突き刺さるようにいたい。
それでも、言葉は翻らない。ライはルルーシュを許容できない。ルルーシュはライを認めない。

「ライ、なぜわからない……っ」

ルルーシュの糾弾の言葉は、酷く胸をえぐるけれど、それでもやはりライはルルーシュと同じものを選べないから。一度浅く息を吸い込んで、ライは顔を上げた。眉間に皺を寄せ、辛そうな表情をするルルーシュ。そんな顔、させたくはないのに。ライとルルーシュの道は交わらないから、ライにはルルーシュを笑顔にさせることは出来ない。

「ごめん、ルルーシュ。でも、僕は……僕は、君の意見を認めない」
「なぜだっ、何故わからない!!」
「ルルーシュ」

どうやっても、ライの言葉を聞き入れてくれないルルーシュに、切なく目を細める。ルルーシュはいたましげだった表情を鋭いものに変えてライを睨み付け、空中にあるなにかをなぎ払うように、大きく腕を振った。アッシュフォード学園の黒い制服の奇跡が、空中に描かれる。
そして、射殺さんばかりの眼差しでライを見据えたルルーシュは決して相容れない意見を大きく口に出した。

「カレーといえば、本場インド式のスパイスの効いた辛味は欠かせないだろう?!」
「僕はカレーに辛さは求めていないんだ!甘口カレーだっていいじゃないか!!」
「そんなのは邪道だっ」
「邪道でなにが悪い!」

それまでの言葉少ないシリアスな雰囲気を一点させ、怒涛の勢いで怒鳴るルルーシュ。対するライも負けるものかと己の意見を口にする。ぎりぎりとにらみ合う二人の間では、間違いなくバチバチと盛大な火花が散っていた。

「大体お前は!自分が料理も出来ないくせに!人の作ったものに文句を言うのか!!」
「僕の好みを知らない人が作ったものなら大人しく食べるけどね!君は僕が辛口カレーが苦手だと十分知っているくせに作るじゃないかっ!!一度や二度ならまだしも、一週間もカレーが続くと辛口カレーが好きでも拒否したくなる!!」
「毎日スパイス、味付け、風味、具材、全て変えているだろう!!俺は一度として同じ物を作っていない!飽きるはずがない!!」
「大きく括れば結局カレーじゃないか!毎日毎日まいにちっ、カレーを作って僕に食べさせるくせに、自分とナナリーには違うものを作っているのも許せない!!」
「文句があるなら自分で作れ!」
「ああ、そうするね!望むところだっ」

売り言葉に買い言葉、どんどんエスカレートして止まる気配のない応酬。手が出ないのは、ルルーシュが肉体派ではないことと、それをライが重々理解しているからだ。
二人が理由があってクラブハウスで寝泊りしていることを知らない者が聞けば、完全に同棲しているカップルの痴話喧嘩なのだが、生憎二人にその自覚はない。

「大体君は!もうちょっとセンスを磨くべきだ!綺麗な顔が台無しだぞ!」
「お前に言われたくないっ。お前は一々物の好みが古臭いんだ!」
「悪かったね、君より年寄りなもので!」
『――!―っ』
『!!・・・・・・!』
【Pnaisusak!】
【nusapikoge!!】

いつの間にか二人の間にあった距離はゼロになり、額をつき合わせて無駄に語彙と言語能力の豊富な二人は話を脱線させながらあらゆる言語を駆使して口げんかを続けている。恐らく、この場所が生徒会室であることを意識して、他人の耳に入れたくない罵りの言葉を他の生徒会メンバーが決して分からない国の言葉で発しているのだろう。
二人の喧嘩の発端から今にいたるまで全て見ていたミレイは、聞いている側としてはすでになにをいっているのかわからない口げんかをBGMに呆けているほかの生徒会メンバーの関心を引くために両手を叩きあわせた。

「ほらほら、仕事する仕事!二人は放っておいていいから」
「え、でも……二人の喧嘩とか、初めて……よね?」
「う、うん。放っておいて、大丈夫かなぁ」

にこりと笑って仕事仕事、と追い立てるミレイとは反対に、普段仲が良すぎるライとルルーシュばかりみているカレンとシャーリーは不安そうに顔を見合わせた。ライとルルーシュのことだから、喧嘩別れして絶交とか、そういったことはないだろうが、日ごろ全く喧嘩をしないだけに、不安も募るというものだ。

「でもさー、正直この二人の仲の良さは異常だったし、たまにはいーんじゃない?」
「……雨降って、地固まる、です」

携帯の録音機能で珍しい二人の口喧嘩を録音しつつお気楽に笑うリヴァルとパソコンから目は話さないものの、ぽつりと呟いたニーナの言葉にシャーリーは「ならっ」と唯一黙り込んでいるスザクに視線を向けた。
生徒会全員ライともルルーシュとも仲はいいが、特に二人と仲のいいスザクは、今の二人をどうみるのだろう。シャーリーにつられて、他のメンバーもスザクへと視線を流す。なにやら考え込むように腕を組んでいたスザクは、全員の視線を集めていることに気づいているのかいないのか、ああ!と声を上げた。
すっきりした、と言わんばかりの笑みを見せるスザクに即座に食いついたのは面白いこと大好きの生徒会長様だ。

「なにっ、どうしたの?なにか面白いこと考えつついた?」
「ルルーシュもライも、妙なところで頑固で自分の意見を変えないから」
「うんうん」
「今回のことも仲直りした後もきっとお互いを受け入れないと思うんですよね」
「ふむふむ」
「だからこれって、二人は『背中合わせの運命』ってことですね!」

きらきらきらっ、効果音の付きそうな笑顔を向けられて常に余裕の笑みを崩さないミレイは動じることなく一つ頷いてさらりとスザクの言葉を流し、自分の仕事に取り掛かった。突っ込むのは、やはりというか、この人で。

「いや、それ意味違うから」
「そうかな?」
「……今度はなにに影響されたんだ、スザク」

よく変な知識を仕入れてきては間違った用法で披露する天然の体力部門担当に、苦労性の雑用係はがっくりと肩を落とした。




シリアスよりのタイトルで、いかにシリアスにしないかがんばったらこうなった。


2010/02/28