おつかれさま(気まぐれに15のお題)
夢も見ない、深い眠り。深く深く、眠りについて、回顧の記憶の回想すらも、忌諱して。眠り続けて、どれだけの時間が流れたのだろう。
最後の記憶は神根島、澄み渡った晴天の青空の日、吹く風はやさしく、日の光は暖かかった。そんな外とは裏腹に、酷く陰気な遺跡の中で最後のギアスを使い眠りについた。
それからずっと、昏々と眠り続けるライに、変化の兆しが訪れたのは、幾度月が昇った後だったのだろう。
ふ、と目を開く。そんな感覚も酷く久しぶりで、懐かしい感覚と同時に目を開いたということに違和感を覚えた。目の前に広がるのは真っ白な世界。上下左右、そんな意識すらない、ただただ、広く白いだけの、世界。ここはどこだろう。少なくとも、神根島ではなさそうだ。
ライは、神根島で眠っていた。眠り続けることを選択した。起きることは、あって欲しくなかった。
(守りたいから、手放したんだ)
未練があるから、未練はない。その言葉通り、決意は固く、後悔もない。けれど、優しかった生徒会のみんなへの愛しさと短い間とはいえ想いを募らせたルルーシュへの恋慕の念はいまだ心に強く残っているから、一度目覚めれば、どんなに固い決意も揺らいでしまいそうだった。
現に、目を開いたと自覚した己は、温かさを欲している。体温を求めている。傍にいるだけで心が安らぐ、ルルーシュの隣、その居心地の良さが酷く懐かしかった。
切なげに目を細めて、拳を握り締める。現世のものかすら危ういよくわからない空間だが、痛覚の感覚はあるらしい。力を篭めて握り締めた掌につめが食い込んで、少しだけ痛かった。
「……どうして、僕は」
目覚めてしまったんだろう。言葉を口にする前に、ライの目の前にふわりと、淡い光がともった。
瞠目するライの前で、光は徐々に強さを増して、輪郭をかたどる。息を呑んで見詰めていれば、それは、見慣れたはずの、恋焦がれた存在の姿になった。
「る、るーしゅ」
呆然と、信じられないと、目を限界まで見開いたライの前には、淡く光を放ち、ふわふわと頼りなげな輪郭を少しずつ確固たるものにしていくルルーシュの姿。白を基調にし、金の縁取りの目玉を連想させる赤い模様のついた見慣れない服を纏ったルルーシュは固く瞼を閉ざしていて、頬は病的なほどに青白く、まるで……まるで、死人のようだった。
よぎった考えにぞっとして、思わず伸ばしたライの手が、まだ存在のぼやけているルルーシュに触れる。触れたとたんに伝わったのは、体温の温かさでも、骸の冷たさでもなく、怒涛のような、記憶の嵐。
―――脳裏を駆け巡る、苦痛、後悔、懺悔、
―――最愛の妹の拒絶
―――誰より信頼した友の裏切り
―――敬愛し続けた、母の本心
そして、
―――ゼロ、レクイエム
「あ……あ、あ……っ」
ぼろぼろと、涙が溢れて止まらない。口から漏れるのは、もはや意味のない嗚咽。恐らくルルーシュのものに違いない記憶を受け取って、ライは。これまでの己の人生の中で、最も多くの涙を流しながら、祈った。
お願いだから、お願いだから。ゼロレクイエムなど、お願いだから。
やめてくれ、
唇が動く前に、最後の記憶が、駆け抜けた。
ライが神根島で眠りについた、あの日のような晴天の中。吹く風はやさしく、日の光は暖かかった。そして、世界は。
どこまでもルルーシュに残酷だった。
『世界の明日のために』
世界に願いというギアスをかけて、ルルーシュは逝ってしまったのだ。
ぼろぼろ、ぼろぼろ。涙が溢れて止まらず、体中の水分を使い果たしてしまうのではないかと思うほどに涙を零して。
けれどどれだけ泣いても涙は枯れず、胸のうちはただただルルーシュが死んでしまった虚無感と寂寞だけが占めていた。
それでもライが絶望に打ちのめされなかったのは、一重に最後の時のルルーシュの表情が酷く安らいでいたからだ。最後の最後、ナナリーに愛を叫ばれて、幸せの中、死ねたのだと、わかったからだ。
だから、ライも。孤独な王に、独り世界にあがらい続けた魔王に、最愛の恋人に。
最後の愛を、囁こう。
「おつかれさま、ルルーシュ」
ぼろぼろぼろぼろ、決壊したように零れ落ちる涙を拭うことすら惜しんで、浮かべられる精一杯の笑みと共に愛しい存在を掻き抱いた。
R2後ルルーシュには、最大の愛を篭めて「お疲れ様」と笑いかけたい。
2010/02/26