ギアスを使って僕を止めた君、ギアスを使わず君を止められなかった僕
     きっとどちらも間違って、きっとどちらも正しかった




目が覚めた瞬間、全てを悟った。










豪奢な部屋の中、真っ白なけがれ一つないベッドの上に寝かされていた僕。天蓋は、青で。空の色。

(ああ、でもこれは。ルルーシュが、僕の瞳の色だと、)

ぼやけた思考で、過去のルルーシュの言葉を思い返す。空の色。真っ青で、澄み渡った、綺麗な色。
記憶を取り戻した僕には、正直皮肉を言われているように感じたけれど、そういったときのルルーシュの表情があまりにも穏やかだったから。結局僕はその言葉を受け入れた。
ゆるりと首をめぐらせて、視界に入る物を確認する。豪華だけれど、趣味は悪くない。必要最低限の物はそろっていて、けれど一度も使用された形跡はない。ただひとつ、傍に置かれた椅子だけが、人の気配をさせていた。

「るるー、しゅ」

そっと手を伸ばして触れてみても、そこに温度はない。わかっていたことでも、無性に悲しくて鼻の奥がつんとした。
眼を伏せて、感情の波をどうにかやりすごそうとこらえていると、音もなく扉が開く気配がした。空気が、流れ込んでくる。

「ライ」

呼びかけに、のろのろと顔を上げた。そこにいたのは、ゼロの服をまとったスザクで、スザクからは血の匂いがしていて。ああ、全ては終わってしまったのだと、目覚めた瞬間に悟ったことを再確認させられる。
スザクがどんな意図でゼロの服をまとって僕の元へ来たのかはわからないが、僕に現実を認識させるためだったというのなら、スザクはずいぶんと残酷だ。

「ライ」

再びの呼びかけ。呼ばれた名前には、冷徹さはなくて、憎しみも無くて、思わず泣きそうになった。
スザクの言葉には戸惑いと、悲しみと、ためらいがあって、僕にどう切り出せばいいのか迷っているのが丸分かりだった。

(ルルーシュなら、きっぱり言い切るんだろうな)

スザクのそれは甘さで、ルルーシュのそれこそが優しさだと僕は思う。甘さと優しさは違っていて人によって感じ方も定義も違うのだろうけれど、時によって甘さは凶器になるというのが、僕の持論だ。
だから僕は、スザクの優しさには及ばない甘さをきっぱりと切り捨てた。

「わかっている。つれていってくれ」

そのために、君は着替える暇を惜しんでまで、僕の元に来てくれたのだろう?

迷いのない瞳をみせた僕に、スザクは赤くなった瞳を悲しそうに細めた。










連れていかれた場所は、静かなところだった。
静寂だけが、しんと降りて、けれどそれは痛くない。地下だというのに、光にあふれていて、床に敷き詰められた真っ白な花が中心に横たえられた人物を花の中に埋もれさせ、同化させている。

「―――」

わかっていたのに、名前を呼べば泣きだしそうで、泣きわめいて、スザクを責めてしまいそうで、開きかけた唇をぐっと引き締めた。
ゆっくりとした足の運びで、中央に横たわる人物へ――ルルーシュへと近づく。厳かな雰囲気さえはらんで、近寄りがたかった。
けれど、それを僕は無視して引き裂いて打ち破り、花を潰しながらルルーシュの横へ膝をつく。
瞼は固く閉ざされ、出血のせいだろう、顔色は最悪だった。真っ白な皇帝の服の、丁度心臓の部分が赤く染まって、胸の上で組まされることなく左右に横たえられた腕の指先が赤黒く染まっている。
それは、心臓を貫かれてもしばらくは生きていた、証拠。

(ルルーシュ・・・)

痛かっただろうと思う。想像を絶する痛みだっただろう。
そのはずなのに、ルルーシュの表情は和らいでいて、とても、幸せそうで。満ち足りていて。

そうか、と思う。

「ナナリーは、生きて、いたんだね」

僕の小さな言葉に、この部屋に踏み入る事なく廊下にたたずんでいたスザクが小さく息をのむ。
どうして?そんな呟きが聞こえた気がして、僕はうっすらと唇に笑みを掃いた。

(だって、ルルーシュが、こんなにも幸せそうだ)

彼にこんな笑みをひきださせることができるのはナナリーの他に居ない。なら、ナナリーが生きていたと考えるのが妥当だろう。驚くような事じゃない。彼を知る人物なら、誰だってわかることだ。

「ねぇ」

そっと手を伸ばして、ルルーシュの頬にふれる。ルルーシュが、ライにしたのと同じしぐさ。そうとは知らずに、ライは繰り返す。

「ねぇ、」


君は、幸せだった?


「僕はね」

短い間だった。
悲しみから逃れるために、眠りについた。
強制的な目覚め、待っていたのは実験体という現実。
繰り返される非人道的な実験に、罰が下ったのだと思った。
それでも、また誰かを殺す道具になるのが嫌で、逃げ出した先で、君に出会った。

たくさんの人を殺した僕が、こんな言葉を言うのは、許されないかもしれないけれど。
それでも、君に伝えたい。


僕は―――


「幸せ、だったよ」










物言わぬ骸が、微笑んだ気がした。









2009/11/09