おとうさまはくろうしょうです
倒れることこそなかったが、思わずぐらりと傾いだルルーシュにあくまで楽しそうにマリアンヌは声をかける。
「この程度で気を失ってしまっては、皇子など務まらないわよ?」
「……シュナイゼル兄上を除いた兄上たちは全員気を失うと思います」
「ところでこの子のことなんだけど」
(話逸らされた……!)
「貴方が父親なのだから、貴方が面倒を見るのよ?ルルーシュ」
「……母さんの冗談、という、説……は」
「あらいやだ。私はいつでも本気で無敵よ」
どこかで聞き覚えのあるフレーズ+満面の笑みでの否定。
ああそうだろうともそうですともしっていましたよ!それでもうそだといってほしかった俺の気持ちもわかってください!十九で子持ちって何ですかそれ。ていうかその子の外見あきらかに五歳前後でしょう。なら生まれたとき俺十九じゃないですか。もっとありえない。
今ならだれにどういわれようが胸を張っていえます、心当たり一切ないんですが!
ルルーシュの内心の絶叫など露知らず。むしろ知っていても穏やかな微笑でもって気づかぬ振りを決め込むだけの図太さを持ち合わせているマリアンヌはじぃっとルルーシュを見つめたまま動かないライに目線を合わせるため、膝を折った。
「ライ、貴方のお父様、よ」
先ほどの言葉を繰り返す。ライの大きな瞳がマリアンヌに向いて、にこりと微笑むマリアンヌと視線を合わせた後、こくりと無言で頷いた。
「母上!」
ルルーシュの訴えにもマリアンヌが耳を貸すことはない。綺麗に聞こえない振りを決めとおして、変わらぬ笑みを浮かべてライに語りかける。
「呼び方は、お父様でも父上でも親父でもパパでもなんでもいいわ。あの子が貴方のお父様なのだから」
「母上っ!!」
たまらないとばかりに先ほど以上に声を張り上げたのはルルーシュだ。子供など、本気で冗談ではない。ルルーシュの声音から切実で本音の訴えを聞き取って、マリアンヌが目を細めた。正確には、ルルーシュの言葉に反応して、僅かに視線を伏せたライを、見て取って。
「母上、冗談も大概に―」
「ルルーシュ」
呼ぶ名は決して大きくない。それでも圧倒的な威圧感と圧迫感を揃えて、マリアンヌの言葉はルルーシュを押しつぶす。マリアンヌのただならぬ迫力の篭った言葉にルルーシュは口を閉じ、すい、と自身へと移ったマリアンヌの瞳に気圧された。
「ルルーシュ、弁えなさい」
「……」
「子供の前よ。分かりなさい」
「……」
「貴方はもうすぐ成人でしょう。我侭を言わないの」
ああそうだ。ライの存在を否定するルルーシュの言葉に傷つくのはライで、事情は知らないがマリアンヌが連れてきたということは、皇族の養子にとられるということは、ライにもただならぬ事情があるはずで。ならばいっそう、拒絶の言葉は、重くのしかかるだろうに。
ルルーシュは、言葉を選ばなければならなかった。相手が気安く話せる家族だからと気を抜かず、幼い子供だからと油断せず、一言一言言葉を選んで、大人であっても伝わらないように、不穏な気配はいっぺんも見せないように。気を、使わなければならなかったのに。
マリアンヌがどこまでも軽やかにかわして冗談の雰囲気を崩さなかったのはルルーシュをからかうためではなく、ライへの気遣い。それらを怠ったルルーシュに責任はある。
けれど、けれど。
ぎゅう、と握り締めた拳がふるふると震える。抑えきれない激情が胸のうちで渦を巻いて、ルルーシュはぎりりと唇をかみ締めた。
子供の前だ。自重しなければ。そう思うのに、溢れる激情が止まることはない。ぐるぐるぐるぐる、竜巻のように巨大化しながら巻き上がる。
ああもう、面倒だ。もてあました感情に、きっと顔を上げたルルーシュはずかずかとライに近づいて、小さな身体を両手で持ち上げた。非力なルルーシュでも軽々と持ち上げられるほどライは軽くて、少し驚いたように目を見開いている様子が愛らしかった。子供は嫌いじゃないな。そんなことをつらりと考えて、ライを両腕に抱き上げる。そして、力いっぱい抱きしめた。
抱きしめて、ライの両耳に上手いこと腕と掌で蓋をして。すぅ、と胸一杯に息を吸い込んだルルーシュは、全力で声を張り上げた。
「だったら貴方たちの息子設定にしておいてください!!!」
弟だったら容易に受け入れられますよ!
激怒して怒鳴りつつも敬語は覆さないのは、ひとえにマリアンヌの教育の賜物か。いやこれは、母に逆らうなら最低限で、という本能の警告だ。
案の定、怒鳴られたこと事態は全く気にした様子のないマリアンヌはけろりとした表情でさらりと反論を口にした。
「あら、私の子供だなんてもってのほかよ。シャルルがうるさいわ。それに、シャルルもようやく孫の顔が見れたって喜んでいたわよ?」
「オデュッセウス兄上はあの年でまだ独身ですし、シュナイゼル兄上も浮名の割りに特定の人がいませんからね!というかこの子は俺の血を引いてません!!」
「まさかルルーシュが初孫をみせてくれるとは!って感涙にむせび泣いていたの。あとできっと、感謝の抱擁に突撃してくるわよ?」
「血持ち悪いと叩き伏せてやります全力で!!」
ライを抱いたまま応酬を続けるルルーシュに、ふと笑みを零したのはマリアンヌだった。
「ふふ、その調子でよろしくね、お父様?」
それまでの人をおちょくるような笑顔から一変、ふわりと優しい笑みを浮かべたマリアンヌに驚いて、マリアンヌの視線をたどり自身の腕の中に視線を落とせば、そこにはすぅすぅと穏やかな寝息を立てているライの姿。
「疲れていたのよ。人肌に安心したのかしら?」
中々寝てくれなくて困っていたからよかったわ。
手を伸ばしてライの銀白の髪を撫でながら、優しい表情で言うマリアンヌに事情はさっぱり分からないが、本気でライの父親認定されたらしいと、ルルーシュは諦め混じりに小さく吐息を吐いた。
そのため息に、全く嫌悪が篭められていないことに気づいたのは、計算高いマリアンヌだけだった。
(ところでこの子はどこの子ですか?)
(うちの子よ?)
(そうじゃなくて、この子の本当の名前です!ファミリーネームです!)
(なんだったかしら?)
(……、じゃあ、この子どこから連れてきたんですか?)
(拾ったのよ)
(は、)
(ひ ろ っ た の よ)
(元の場所に今すぐ返してきてください!)
2010/01/29