世界は暗闇に閉ざされた




スザクによって、ルルーシュのゼロの仮面ははがされ、ブリタニア皇帝へと差し出された。
そこで反逆者として殺されるはずだったルルーシュは、彼の反逆のための力、ギアスを永久に失うこと、市井へ混じらぬこと、世界に反逆しないことを条件に、処刑されることなく解放された。
ただし、代償としてルルーシュは記憶を失った。ナナリーのこと、母のこと、皇子だったこと……アッシュフォード学園の、こと。
全てを失う寸前まで、ルルーシュは「許さない!」と叫び続けた。悲痛で切実で、なによりも尊ぶべきルルーシュの訴え。けれど、僕はその想いを捻じ曲げた。
ルルーシュが、生きていればいいと思った。処刑は免れ得ない状況で、それでもルルーシュが生きてさえくれればいいと、僕は思った。
それはルルーシュに対する冒涜であり、重大な裏切りだ。プライドの高いルルーシュが、何よりナナリーを愛するルルーシュが、そんなことをされればそれは死を上回る屈辱でしかない。
それでも僕は、ルルーシュに生きていて欲しかった。生き抜いて、欲しかった。
だから、僕はルルーシュを裏切ることを決めた。記憶を失い、全てを失くしたルルーシュを、傍で監視する役目を与えられることを享受した。

僕は、ルルーシュしかいないから。
ルルーシュが世界よりナナリーを愛したように、僕もまたルルーシュを愛しているから。
僕は、光を失った君の傍で、君の手足となって生き続ける。





「ルルーシュ、ご飯できたよ」

バスケットに入れた昼食を手に意識してゆっくりと歩きながら、窓際のベッドに近づく。清潔な真っ白いシーツ。その上に上半身を起き上がらせたルルーシュは、広げていた本をぱたりと閉じて僕のほうを向いた。

「この匂い、今日は卵料理か?」

僕のほうを向いたルルーシュの顔は僕の顔を見るには少しずれている。視線ははっきりと定まらず、うろうろと宙をさまよっていた。綺麗なアメジストの瞳に光はなく、ルルーシュが暗い闇の中に囚われていることを表していた。

「正解。卵とハムのサンドウィッチ。天気がいいから、外で食べようと思って」

にこりと微笑んだ僕の表情はルルーシュには見えない。ルルーシュの瞳に光はない。二度と反逆の狼煙を上げさせないために、万が一記憶が戻ったときを考慮して、ルルーシュの視力を皇帝が奪い取った。いや、僕が、奪った。

「珍しいな。ライから外に誘うなんて」

それしか囚われたルルーシュの生き残る道はないと判断して。抵抗するルルーシュをスザクが押さえつけたときも、僕は何もしなかった。その場にいながら、僕は。
あのときから、ルルーシュの瞳に僕が写ることはない。ルルーシュの世界に、光はない。暗い闇の中に閉じ込められて、記憶も全て奪われて、それでもルルーシュは笑みを浮かべる。穏やかな、優しい微笑み。それは、何も知らないから浮かべられる無垢な笑みだ。
一年前、皇帝はルルーシュの全ての記憶を奪い去った。生まれも、親も、兄弟も、友達も。本当に全てを奪いつくした。
目覚めたルルーシュは、生まれたての赤子同然だった。世界の善悪など知らない、戦争の正邪も、歴史の清濁も、人間の良し悪しも、なにも知らないルルーシュ。その傍に、僕はいた。
真っ白なルルーシュの傍にいて、許される範囲でルルーシュの疑問に答え、知識を教えた。記憶はなくとも、知識がなくなったわけではなくて、僕が一を教えればルルーシュは100を答えたけれど。
一年ほど昔から現在に至ることを思い出して、僕はルルーシュに悟られないように唇をかみ締める。がり、と音がして口の中に血の味が伝わった。

「君が言ったんだよ『本ばかり読んでいては不健康だ』と」

目が見えないルルーシュに文字の本は読めない。ルルーシュの手元にあるのは、点字の本だ。
ルルーシュは僕が教える前に点字を読むことが出来た。多分、それはナナリーと一緒に勉強したからだろう。けれど、点字が読めても点字の本は多くない。特に、ルルーシュが読みたがるような専門書や歴史書、文学史の本は殆ど皆無だ。
だから最近の僕の日課は、ルルーシュの為にルルーシュの興味がありそうな本を点字に起こすことだったりする。
これが中々難しい。点字を覚えた手の頃はなんども間違えて、そのたびにルルーシュが前後の文が繋がらないと首を傾げていた。
今ルルーシュの手の中にある本も、僕が点字に直したものだ。最近では間違いも大分減ってきた。全くない、わけではないのが少し悔しい。
そんなことを考えていた僕は、ルルーシュが柔らかく微笑したことに首をかしげた。

「ルルーシュ?」

不思議そうに名前を呼ぶ僕に、ルルーシュがくすりと笑う。穏やかで優しくて、穏やか過ぎて優しすぎる笑み。

「ライが俺のわがままを聞いてくれるのが嬉しいんだ」
「そうなのか?結構僕、君のわがまま聞いてると思うよ」
「まぁ、そうだろうが。でもお前、俺が外に出たがるのは止めるじゃないか」

ルルーシュは目が見えない。ナナリーと違って、目が見えなくなって日が浅いから物音で誰なのか判断することも出来ないし、それ以前に風が立てた音なのか人間が立てた音なのか、あるいは動物なのか。それすらわからないのだ。
そして極めつけに、ルルーシュの歩行はすごく危なっかしい。よろよろとしていつ転ぶかわからなくて、ルルーシュが一人で歩き回るたびに僕ははらはらさせられる。一年たった今は、家の中では大分動き回れるようになって入るけれど。それでもやっぱり、怖いものは怖い。
だから僕はルルーシュが外にでたいというのに、あまりいい顔をしない。もちろん僕も一緒に行くけど、不安は耐えないから。

「確かにそうだけど。……外、行きたくないならやめるか?」
「そんなこといってないだろうっ」
「ふふ、冗談だよ」

焦ったように掌を伸ばしてくるルルーシュの手に自分の手を絡ませる。バスケットは腕に下げて、両手でルルーシュの手を包み込めば、ルルーシュがふわり、と笑った。

「お前の手は温かいな。安心する」

優しくて穏やかな笑みを浮かべて、酷く残酷なことをルルーシュは口にする。僕はその言葉を聞くたびに、とても悲しくて切なくて、泣きたくなるのだ。
だって、ルルーシュがそんな風に笑うのは僕が君を裏切ったからで、君がそんな風に口にするのも僕が君を裏切ったからなのだ。
君が全てを思い出したなら、きっと僕を軽蔑するだろう。裏切って、視力も記憶も奪われるのを黙認しながら、のうのうと君の傍で生きる僕を、見限るだろう。
いつか必ず、その日はやってくる。ルルーシュがこのまま終わるはずがないから。絶対に、再び反逆の火は燃える。
ルルーシュの言葉に傷つく僕は滑稽だ。自ら望んだくせに、その結果にずたずたになっている。笑い話にも、なりはしない。
内心で自身を嘲笑しつつ、僕はにこりと笑みを浮かべた。

「君の手も温かい。僕は君が、大好きだよ」
「俺もだ」

ああ、それでも。
君がそんな風に口にしてくれるだけで、この先の未来にくるだろう蔑みも侮蔑も全て、受け止められると思ってしまう僕は、どれほどまでに愚かなのだろう!




気まぐれに15のお題の「指先を絡めて思いが伝わるなら」を書いていたら見事に脱線したので、短編にゴー!
ネタがまとまればロロやスザクとの絡みの話も書いてみたい。



2010/01/16