近くて遠い存在




「陛下」

颯爽と廊下を歩いていたライを呼び止める。ただ歩いていただけなのに、颯爽と、なんて言葉がしっくり来るのはライの纏う雰囲気故だろう。
唐突な呼びかけにも、ライは一応足を止めた。壁際にたったルルーシュを視界に納めて、視線で用件を促す。くだらないことならば、聴くつもりはないと、雄弁に語る眼差しだ。
だが、ルルーシュとてただむやみに呼び止めたわけではない。ライがこの廊下をいつ通るのか。そこまで調査した上で待ち伏せていたのだ。用件は、ある。

「陛下、次の戦、どうか私もお連れください」

頭を下げることはせず、まっすぐにライを見据える。こうして正面で向き合うのは、初めてかもしれない。ルルーシュより僅かに低いライの身長。自然と見下ろす形になってしまう。
ルルーシュの突然の言葉に、ルルーシュの予想通りライは秀麗な眉をひそめた。

「何を言い出すかと思えば、たわけたことを」
「ふざけてなどいません。私は本気です」
「なお悪い」

切り捨てられることは、予測済み。眉間のしわを深くしたライに畳み掛けるように言葉を続ける。

「チェスとは、戦略に長けたゲームです」

ルルーシュの一言で、聡いライは気づいただろう。ルルーシュの言わんとしていることに。

「私にチェスで勝ったお前は、私以上の戦略を練ることが出来ると?」

だから連れて行けと、いうのか。
問いかけには黙然としたまま。それはなによりの肯定。
ライの表情に嘲笑が宿り、鼻で笑う音が廊下に響いた。

「それこそふざけている。ゲームと現実は違う。当然、盤上と戦場もな。貴様にできることなどありはしない」

一度は「お前」となった二人称が再び「貴様」となった。分かりやすい蔑みだ。見損なった、と雰囲気が語る。
だが、この程度で怯むほどルルーシュも甘くはない。

「わかっております。陛下、私が謁見の間で言ったことをお覚えですか?」
「『陛下、私は絶対に陛下の信頼を勝ち取って見せます。私自身の力で、陛下のおっしゃるその方以上の信頼と信用を』だったか?」

一言一句、たがえることなくつむがれたのは、あの日のルルーシュの決意。
浅く顎を引いて、頷く。凍てつくような冷たい責めるライの視線も受け流して、ルルーシュは言葉を重ねる。

「ですから、陛下自身の目で見定めていただきたい。私が陛下の信頼を得るに足る人間であるかどうか。ですが、最初から信頼などは求めません。まずは、私が陛下の傍にいることのメリットを知っていただきたい」

傍にいることで、必ず役立てると確信がある。
あの謁見から今日まで、城の中で集めて回った情報。二日後の遠征は、普段の戦とは背景と理由が異なる。ヴィスペリア皇国は、ライは、自ら攻め入ることをしない。攻められれば守るために、敵を殺す。敵意を抱いた国に対しては、容赦しない。徹底的に叩き潰し、吸収し、植民地とする。
だが、二日後の遠征は違う。自ら攻め入ろうというのだ。
理由は一つ。ルルーシュがライとであったあの戦で、横槍を入れてきたからだ。それは、敵対に他ならない。
サイラという国は資源こそ乏しいものの物流の要となっている大街道をもつ国だ。ヴィスペリア皇国からみて南西に位置するサイラを手中に収めることが出来たなら、ヴィスペリア皇国は今以上の発展を遂げることが出来る。
逆に、敵対された今、サイラを経由して届く物流は途切れている。即座に影響はでないが、このまま放置すれば看過できない影響が出るのは必死。現に、今もじわりじわりと南から届くはずの物資は値を上げている。民にとっては、死活問題だ。放っておくことはできない。
初めて己から吹っかける戦争。今まで守ることに専念してきたヴィスペリア皇国にとって、大きな転機になることは間違いなく。そして、自ら戦争の火蓋を切ったことのないライにとって、難しい判断を迫られる場面も多々あるだろう。
普段の戦では出る幕のないルルーシュにも、出番が巡ってくる可能性が高い。そして、そのときに的確なアドバイスや状況把握でライを支えることが出来たなら。
ゼロの信頼は一になる可能性がある。
そうならずとも、己の有用性を理解してもらえればいいのだ。そうすれば、この先も口を出す機会が増える。すぐに成果は出ずとも、回数を重ねることでいずれ必ず信頼は勝ち取れる。
だからこそ、ルルーシュは二日後に控える遠征に同行を願い出た。これを逃せば、次のチャンスはいつ巡ってくるか分からない。
通常の戦や国内の統治方法は、ルルーシュが口を出すまでもないからだ。
しかし、ライからすれば、ただでさえ不安定なこの状況下で、さらに不確定要素を増やしたくはないだろう。その心境は理解できる。だからこそルルーシュはライを説得するための方法を94通り考えてきた。
しかし、会話に割り込んできた涼しげな声音のために、ルルーシュの説得は必要がなくなった。

「いいではありませんか。彼を連れて行っては?」
「……エリオス」

いつの間に現れたのか、ライの後ろからゆるりと歩いてきたのは、謁見の間でライの傍にいた藍色の髪と紅の瞳を持つ恐らく派20代半ばの青年だ。ルルーシュからみても、整った容姿をしている。一言で表すならば、綺麗。それにつきる。体つきは細く、けれどひょろりとしているわけではない。無駄な筋肉が全くないだけで、鍛えられているのだろうということは足運びから分かった。青年は、一切足音を立てていないのだ。
乱入者に、ルルーシュの瞳に警戒の色がよぎる。だが、表情に出すことはない。ライが絶対の信頼を置いている以上、彼に敵意を示すのはルルーシュにとって不利なだけだ。
じっと見つめるルルーシュの視線に気づいたのか、青年は一見柔和に見える笑みを浮かべた。それがさらに、ルルーシュの警戒心を掻き立てる。

「そういえば、自己紹介がまだでしたね。僕はエリオス・エスペランド。ライの補佐をしています」
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」
「聞き及んでいますよ。どうぞ、お見知りおきを」

エスペランドと名乗った相手が、皇帝であるライを愛称で呼び捨てにしたことに驚きを覚えつつ、ライの今までの言葉を鑑みるならばある意味当然かもしれない。それだけ、この二人の仲は親しいのだ。
内心の悔しさを綺麗に隠して、優雅に一礼した相手に倣い、ルルーシュも貴族の最上級の礼をする。
一通りの挨拶を終えたのを見計らったように、ライが口を開いた。

「連れて行けとは、どういう意味だ?」
「その言葉のままですよ。彼は、仮にも貴方の側近です。連れて行かない理由の方がありません」
「……だが」
「一度決めたことを覆されることは、ないでしょう?」

穏やかな笑みなのに、有無を言わせない迫力がある。言葉に詰まったライは口元に手を当てて暫く黙考していたが、ややおいてルルーシュに視線を戻すと鋭い口調で言い放った。

「怪しい動きをすれば即座に切り捨てる。心せよ」
「イエス・ユア・マジェスティ」

予想外の展開だが、第一段階はクリアした。
エリオスという人物は気に食わないものの、結果は全てにおいて優先するべきだと己を納得させて、忠誠と承諾の言葉を口にすれば、ライは一度鼻を鳴らして踵を返した。

まだまだ、道のりは長い。







2010/01/17