忠誠を刻む




ライの言葉を受け取ったルルーシュは、部屋の外に待機していた兵士によってそのまま別室に連れて行かれた。
最初に風呂に放り込まれ、この時代の服を渡された。ルルーシュとて、アッシュフォード学園の制服が浮いている自覚はあったのでありがたく袖を通した。
黒を貴重とし、銀の縁取りがなされた衣装。騎士の服に似ている。
与えられた衣服を纏い、身なりを整えたルルーシュは謁見の間へと案内された。そこには、堂々と王座に座するライと、その傍に佇む一人の青年がいた。他にも兵士やメイドなどもいたのだが、その二人の放つ圧倒的なまでの存在感に飲み込まれ、ルルーシュの意識に入り込むことはなかった。
ライの傍にいるのは、長い藍色の髪を特徴的に結んだ青年。血のように紅い瞳が印象的で、笑みを湛えた口元は、咄嗟にシュナイゼルを連想させた。一筋縄ではいかなそうだと、即座にルルーシュの警戒リストに入る。
上座のライの傍という立っている場所からして、青年の立場はライの騎士、だろうか。恐らく彼がライに賭けを持ちかけた人物だろう。
静かに玉座に近づいて、片膝を付く。頭を下げれば、頭上からライの声が降ってきた。

「なんだ、意外と様になっているな」

この時代の人間からすれば、アッシュフォード学園の制服は相当奇異だったのだろう。本当に意外そうな声音に僅かに苦笑を口元に刻む。

「ありがとうございます。褒め言葉と、受け取らせていただきます」
「卑屈でないのは好感が持てる。よい、顔を上げろ」

すでに何度も繰り返したやり取り。
まずは許可を得ずとも顔を見て話すことを許される程度の信頼を得るのが先決だな。
そんなことを考えながら顔を上げたルルーシュは、そこに王であるライの表情を見て気持ちを引き締めた。

「先に告げたことに、偽りはない。だが、違えるな。私がお前を信用するのは、私が最も信用する男がお前を信じろというからだ」

傍にいるには、信用が不可欠だ。
皇帝という立場であればこそ、暗殺の危機はついて回る。傍に置くなら、最低限己の命を狙うことがないという、確証が必要だ。
そして今回、ライがその確証をルルーシュに見出したのは、ルルーシュの力によるものではない。ライが信頼するという、その人物が口添えをしたからだ。
唇をかみ締める。ただただ純粋に悔しい。

「陛下、私は絶対に陛下の信頼を勝ち取って見せます。私自身の力で、陛下のおっしゃるその方以上の信頼と信用を」

今すぐには無理だとしても、いずれ必ず。新たな誓いを言葉にして、きっぱりと告げたルルーシュにライが目を細めた。

「お前が、それほどまでに私に固執する理由が、私にはわからない」

怪訝を隠しもしない言葉。当然のことだ。突然現れた男が、己の傍にいたいと願い、命を顧みない言動を見せれば、訝しく思わないほうがおかしい。
陶酔ならばまだ分かる。皇帝たる立場、民を率いる力。酔いしれるものは、多い。
だが、ルルーシュは違う。確固たる信念と意思を覗かせる。言動は知性に溢れ、決して愚かでないと言葉の端々が雄弁に語る。

「私は以前、陛下に命を救われました。それだけでは、理由としては不十分ですか?」

ルルーシュはライに救われた。ナイトメア戦で、命を助けられたとか、そういうものじゃない。確かにそれらも含まれるが、それ以上に、精神的な支えとしてルルーシュはライに、幾度となく救われてきた。
偽りの記憶で過ごした一年も、シャーリーを失くしロロを失くしナナリーを失ったと信じたときも、全てライに救われた。ともすれば、命を投げ出そうとするルルーシュを、生きる望みを失ったルルーシュを引き止めたのは、いつだってライだった。絶望の淵に寄り添って、そっと手を引いてくれたのだって、ライだったのだ。
ライがいなければ、ルルーシュはきっと生き続ける事ができなかった。絶望と奈落に飲み込まれ、立ち上がることが出来なかった。
だから、今目の前のライのためならば、命を顧みることもない。ライが望まないと知っているから、むやみに粗末にするつもりもないが、ライのためならば、命も惜しくないと心のそこから思うことが出来る。

「……そうか。私が救った命ならば、扱い方も私の自由か」

僅かの沈黙の後、自身の中で折り合いがついたのか小さく呟いたライに黙然と頷くことで肯定を示す。

「我が命は、陛下の為に」

忠誠を誓う言の葉。真っ直ぐなルルーシュの想いは、ライに伝わったのだろうか。

「その言葉、確かに受け取った」

重々しく告げられたライの言葉。ルルーシュの想いが伝わったかどうかはわからない。けれど、否定されることがなかっただけで、今はいい。内心安堵したルルーシュは、油断していたのだ。だから。
静かにライの傍に佇む青年の笑みが深くなったことに、気づいたものはいなかった。





下がれ、と告げられた直後、最後に一言だけと、ルルーシュはライに問いかけた。

「陛下もしや、途中の一言は私への意趣返しですか?」

チェスに負けたライに「悔しいでしょう?」と聞いたルルーシュへの。微かにだが、ライの言葉にはルルーシュを試す以外の意味も含まれていた気がした。あえていうなら、子供が負けた相手に腹いせにいたずらをするような、酷い害こそないが、敵意にも似たものだ。

「伝わったならいい」
「……」

しれっと言い放ったライに、ああこれはこの先苦労しそうだと、ルルーシュはそっとため息を吐いた。







2010/01/014