歴史への反逆
立ち上がることを強要され、ゆっくりとルルーシュは膝を伸ばした。広がる大地。生々しい戦争の爪痕。大地を染め上げる深紅の鮮血。血の海に倒れふす、多くの兵士。
それらを確りと見据えて、ルルーシュは考える。己がこの時代にいることで、この先起こりえる様々な可能性を。
ルルーシュの存在は、この時代においてイレギュラーだ。
この時代に、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは存在し得ない。存在してはいけない。ルルーシュの存在は、水面に投げ込まれた一つの小石。最初は小さな波紋も、いずれは大きな波を起こす。ルルーシュが存在することで、この時代はルルーシュの知る歴史からの改変を余儀なくされるはずだ。
ルルーシュが、ライに関わることなくこの時代の誰とも関わりを持たず、一人ひっそりと暮らすならば、あるいは歴史はそのまま動くかもしれない。
けれど。
ルルーシュに、そのつもりはカケラもなかった。
記憶を取り戻したライはいった。
『最も守りたかった、母と妹を、自らのせいで、ギアスの暴走のせいで、殺してしまった』
清廉であるべきだった二人を、血に染め上げて汚してしまった。泣きそうに歪んだ表情で、歯を食いしばって、搾り出すように、今にも後悔に押しつぶされて死にそうな表情で、ライは語った。
ライに己の死を願わせた、悲劇の記憶。結果として契約のために死ぬことを許されなかったライは数百年の眠りにつくことを選択した。眠り続ける限り、死んでいるのと同じだと。
あの表情を、あの声音を、ルルーシュは決して忘れない。記憶を取り戻してから、ライは常に懺悔と後悔、悔恨に苛まれ続けていた。
ルルーシュも、その辛さを知っている。
自愛の皇女と呼ばれていた妹を、虐殺皇女として殺した。無邪気に無垢に、皇族にとっての存在価値といっていい皇位継承権を返上してまで、ルルーシュとナナリーを守ろうと必死になってくれたユーフェミアを、ルルーシュはギアスの暴走で殺してしまった。
けれど、ルルーシュとライ。二人は違う。ルルーシュの最も守るべき人はナナリーで、ユーフェミアではなかった。ユーフェミアのことも、愛していたけれど絶対的な順位は違っていた。だから、ルルーシュは耐えられた。悲しみを胸に、後悔を押し殺し、前を向いて進むことが出来た。
けれど、ライは。
守るために欲した力で、守りたかった人自身を、殺したのだ。
その絶望は、ルルーシュとはきっと比べ物にならない。悲劇の重さを比べること事態おかしいことだが、それでも。きっと、ライのほうが地獄だった。
だから、ルルーシュはためらわない。この時代を変えること、歴史を改竄することを。
この時代が、過去だと理解してすぐに、決意は固まった。
『ルルーシュは、僕の子孫なのかな?』
『俺にお前をおじいちゃんと呼べと?』
完全に記憶が戻ったライが、ふと零した言葉。ライ自身の直系の子孫であることは、ありえないにしても、ライがブリタニア皇族の血を引いているのだから、ライはルルーシュの遠い祖先ということになる。その可能性を聞いたときは、ルルーシュは思わず笑ってしまった。同じ年齢の相手を前に、おじいちゃんなんて。それが本来だとしても、おかしさは止まらなかった。ライもくすくすと、笑っていた。穏やかな過去。
だから、この時代を変えること、歴史の改竄は、この先にあるルルーシュの生を無くすかもしれない。いや、無くなる可能性のほうが、高いだろう。
ナナリーやユーフィミア、もしかしたらスザクも、この先の過去に生まれるべき人間の生、全てを喪失させるかもしれないことを、ルルーシュはするのだ。
理解していても。ルルーシュの決意は変わらず、心に迷いは微塵も浮かばない。
歴史を変えることでルルーシュ自身の存在がなくなるとしても。ルルーシュの愛した人々が生まれないとしても。
ルルーシュは、ライがこの時代で幸せになればいいと、切に願う。
だから、幾億の人間の生を踏みにじることを厭わない。
いつだって、ルルーシュは大切なたった一人のために、その他大勢を犠牲に出来る。
変わらない、ルルーシュの性情。変えられない、ルルーシュの生き方。
人は過去の過ちから学習するはずの生物であるのに、ルルーシュはあえてそれを拒否する。
(ライ、お前は今度こそ俺が守る)
ずっと守られてきた。守られ続けた。だから、今度はルルーシュがライを守る番だ。
この先に待ち構えている、ライのギアスの暴走。
悲劇と喜劇。
決して、起こさせはしない。回避してみせる。
そして、ライに母と妹と一緒に過ごす穏やかな時間を与えてみせる。
「俺は、歴史をぶっ壊す」
確固たる力強い決意を胸に、ルルーシュは真っ直ぐに世界を見据えた。
2010/01/08