世界の始まり




自分のものではない力。圧倒的な、王の力。染み渡る、新たな能力。脳裏を侵食し、身体を犯し、最奥でカチリと符号する。
それを意識と感覚で捉えた瞬間、ルルーシュはそれまでいた場所から自身が解き放たれたのを感じた。










「っ」

ぱちり、音でもしそうな勢いで目を開く。
背中に伝わるのは硬い感触。けれど、コンクリートやセメントなどの人工的な硬さではない。ごつごつとしたこれは、土の地面の硬さだ。
視界に入るのは、透き通るように真っ青な空。雲ひとつない快晴だ。
そのことに、自分が今寝そべっていることを自覚してルルーシュは緩慢な動作で身体を起こした。とたん、鼻についた異臭。

(なんだ……?)

思わず手で鼻を押さえる。鉄錆に似た匂い。生臭いこの匂いを、ルルーシュは知っている。これは、血だ。
眉をひそめ、辺りを見回す。そこに広がっていたのは、凄惨たる光景だった。

(酷いな)

倒れ付す人。よろいのようなものを纏い、手にしている剣や盾などの武器からして、兵士だろうか。重なるように倒れる人間で、大地は隠れてしまっている。辛うじて覗いている地面も、流れ出た血で赤く染まっていた。
戦闘があったのは間違いない。それもナイトメアフレームによる戦闘ではなく、歩兵での局地戦。
それにしても、この時代に歩兵戦など。時代錯誤にもほどがある。見渡す限り、銃器は見当たらないし、倒れている兵士も手にしているのは剣や槍ばかりだ。ここは一体どこの辺境だというのか。
第一、ここはどこだ。どうして、こんな場所にいるのだろう。
ゼロレクイエムはどうなった。成功したのか?いや、成功していなければ困る。しかし、ゼロレクイエムが成就したならば、自分は生きているはずがないのだ。数々の疑問が脳裏を巡り、すぐに答えは出た。

(契約)

死んだはずの自分。個としての存在はなくなり、Cの世界にある意識集合体に飲み込まれるはずだった。それを、引き止めたのは誰のものともわからぬ声だ。その声に促されるまま、新たな契約を結んだ。
それが悲劇を生むのと、経験として知っていたはずなのに、目の前にぶら下げられた餌に見事に食らいついた。滑稽だと、自分で思う。力を求め、力を手に入れたために、喜劇という悲劇を生み出したのに、また繰り返そうとしている。いや、もう繰り返したのかもしれない。なぜなら、すでに契約は結ばれたのだから。
自嘲を浮かべながら、とにかくいまは状況判断が優先だと状況の把握に努める。

(腐臭はしていない。ということは、戦闘は終わったばかりか)

倒れふす人々は死んでいるというのに、血の匂い以外に肉が腐ったとき特有の死臭はまだ充満していない。それは、死んでからまださほど時間がたっていないということだ。
耳を澄ませてみても、争いの音は聞こえてこない。戦闘は終了したと見ていいだろう。とはいえ、いつまでもこんな場所にいては危ないことに変わりはない。一先ず目下の安全確保が先決だと、ルルーシュが足を踏み出したとき。

「何者だ貴様!」

突如後ろから誰何の声が響き渡った。間が悪い。眉間のしわを深めつつ振り返ったルルーシュの視界に入ったのは、槍を構えた兵士だ。険しい面持ちをしたその兵士の矛先は当然ながらルルーシュに向いている。どう対応するべきか、咄嗟に164通りの方法を思い浮かべ、ルルーシュは最も危険の少ない方法を選んだ。

「軍人さんですか!よかった、助かった。よく、わからないんです。僕は巻き込まれただけで」

いつかもこうやって、相手のナイトメアを奪った。近いようで遠い昔を思い出して、内心複雑な気持ちを抱いていると、だがあの時とは違って兵士はいっそう表情を険しくした。

「たわけたことを!見慣れぬ服装だな。さてはシャラダンの者か!」

その言葉に咄嗟に自身の服装を見る。身に纏っていたのは、最後を迎えたときに来ていた皇帝の服ではなく、アッシュフォード学園の制服だった。なじみすぎて今まで気づかなかった、黒い制服。なぜこの服を着ているのか。疑問は後でいい。この制服がこの場において有利なのか不利なのか。必要なのはその一点だ。
それに“シャラダン”それは、なにを指す言葉だ。ルルーシュは聞いたこともない。唯一分かるのは、自分にとっては不利益なのだろうということだけだ。

「なにをいっているんですか?!僕はただの一般人ですっ」

このまま押し問答を続けるのは、時間の無駄だ。危険すぎるし、わけの分からないこの状況。気にかかる点もいくつもある。なんでもいいから情報が欲しい。
ギアスを使ってしまおうと、意識を向けた途端、ずぐり、目の奥が鋭く痛んだ。

「っ!」

思わず片膝を付くほどの激痛。突然よろけ膝を付いたルルーシュに、兵士が戸惑ったのが気配で伝わった。怪しい行動に一思いに串刺しにされなかったのは、見るからに兵ではない相手へのためらいがあるのか、単に行動を見極めようとしたからか。
どちらにしろ、殺されなかったのは運が良かったとしか言いようがない。激痛に痛む目を押さえながら、そんなことを考えていれば、今度は馬のひづめの足音が耳に届いた。

(くそっ。これ以上増えられては!)

ただでさえ、体力は標準以下なのだ。これ以上、敵、もしくは敵になる可能性のある人間に増えられては逃げることもままならない。ギアスが使えない状況下で、ルルーシュにとって死を意味する。
忌々しげに内心で舌打ちをしたルルーシュの耳に、落ち着いたテノールが飛び込んできた。

「なにをしている」

深く澄んだ、その声は、ルルーシュが新たな悲劇を生み出してでも会いたいと、願った人。
たった一人、遺してしまうことをなにより悔いた相手。

「ら……い」

信じられない、その気持ちの現れるまま、驚愕が彩った面を上げれば、真っ白な馬の上、ルルーシュの記憶に残るより若干幼く見えるライが白い服を翻して、そこに存在していた。




白馬の王子様!(笑)
きっとライくんはルルーシュ以上に白馬が似合う。



2010/01/06