すけっちぶっく




「るるーしゅさまー」

背後から聞こえてきた幼い呼び声に足を止めて振り返れば、何かを抱えたライがとてとてと短いコンパスを必死に動かして走ってきていた。
ふ、と淡い笑みを零してライのほうへむかって歩き出す。すぐに正面にきたライに、視線を合わせるためにしゃがみこめば、ライはにこにこと笑って、両手で抱きかかえていた一冊の本を差し出した。

「スケッチブック?」

見覚えのないものに、訝しげに口に出す。現在のライの保護者はルルーシュだが、ルルーシュはスケッチブックをライに買い与えた覚えはない。まだ幼いライが自分で買ったはずもなく。一体どこから入手してきたのだろうと考えていると、その疑問はライによって即座に解決した。

「すざくさんがね、くれたの!」

ルルーシュの親友のスザクには、ライもよくなついているし、ルルーシュが用事があってライに構えないときは都合が付く限りライの面倒を見てくれている。スザクが与えたのならば合点がいくと頷いたルルーシュは、促されるままにスケッチブックを手に取った。

「なにか絵を描いたのか?」
「うん!」

見てもいいか?と訊ねれば、すぐさま元気な返事が返ってきた。微笑ましい気持ちになりながら、青い表紙のスケッチブックを開く。
現れたのは、人の絵だ。大きい人間と小さい人間。恐らくは大人と子供だろう。二人ともにっこり笑って仲良さそうに手をつないでいる。

「これは、俺とライか?」

幼児の描いたものだから、自信を持って断言は出来ない。けれど、描かれた絵の髪の色や瞳の色などの特徴が二人に当てはまる。
これで違うと言われたら、少し凹むかもしれないな。そんなことを思いつつ訊ねれば、予想はやはり当たっていたらしい。ぱっと顔を輝かせたライは大きく一つ頷いた。

「るるーしゅさまと、らいなの!」
「そうか。これは俺がもらってもいいか?」
「うん!るるーしゅさまへ、らいからぷれぜんと!」

最近忙しくて禄にライにかまうことが出来なかった。それどころか、休息すらまともに取れていない。自分の選んだ道だから、後悔はないけれど、癒しを求めていたのも事実で。
幼い養い子からの思わぬプレゼントに、胸がぽうっと温かくなる。笑顔のルルーシュとライの書かれた絵が無性に欲しいと思ってしまい、聞いてみれば満面の笑みで了承してくれた。
ありがとう、と頭を撫でれば、えへへー、と嬉しそうに目を閉じて大人しく頭を撫でられる。その様が愛しくてたまらない。
心いくまでなで心地のいい頭を堪能したルルーシュは、ライから手を離すとスケッチブックから、一枚絵を取ろうとした。
それをとめたのは、スケッチブックの持ち主、ライだった。

「だめっ」

慌てた様子で小さな手を伸ばして阻止するライに、大人しくされるままになりながらルルーシュは首をかしげた。

「くれるんじゃなかったのか?」
「あげる!でも、とったらだめ!」
「なぜだ?」

いっていることが矛盾していると眉を寄せかけたルルーシュの前で、ライは無邪気に笑った。

「これ、ぜーんぶにえをかいてから、るるーしゅさまにあげるの!すざくさんと、やくそくなのっ」

るるーしゅさま、ここずっと、まゆがぎゅーとなってるの。
もみじのような掌を伸ばして、ルルーシュの眉をぺたりと触ったライにルルーシュは瞠目した。疲れている様子を、見せているつもりはなかった。どんなに疲労がたまっていても、ライの前では常に笑みを浮かべていた自負がある。けれど、ライはそんなルルーシュの虚勢すべて見通していたのだ。

「すざくさんがね、これいっぱいにえをかいたら、るるーしゅさま、げんきになるって!」

だから、あげるのはこれぜんぶにえをかいてから!
にぱりと笑うライに、たまらずルルーシュはその小さな体を抱きしめた。




かっ!となってやった。後悔はしていない。





2009/11/07