新たな契約
たゆたう感覚。ふわふわと落ち着かない浮遊感。ぼぅ、と霞がかった頭。
一面白い世界、上も下もわからない。
死後の世界とは、こんなものなのか。とくにあがらうでもなく、そんなことを考えて、どれほど時がたっただろう。ふいにあたりにこだますような声が響いた。
<ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア>
『だれだ』
自身の名を呼ぶ声に、怪訝に思いつつ言葉を返す。声が響いたことをきっかけに徐々にはっきりしてきた思考で考える。
ここはどこだ。死後の裁判を下すという、その場所か?
ならば、沢山の血を流した己は地獄行き決定なのだろう。自嘲を浮かべるルルーシュに、だれのものとも分からぬ声が届く。
<ああ、たしかに面白い>
面白い?
何を指して言われているのかわからない言葉に眉をひそめているとくすり、笑う気配がした。
<失くすは、損失>
そんなはずがない。自分はいらない存在だ。世界にとって、有害でしかない。ますます眉間の皴を深くしたルルーシュに、笑い声はより深くなった。
<その思考、その能力、あの子に似て失うは惜しい>
『あの子?』
その部分だけ、平坦な声に温かみが篭っていた気がして問い直せば、姿を見せぬ声だけの存在はにやりと笑った。気配だけでも、わかる。それは、嫌な笑みだ。ぞくりと背中を悪寒が這い上がって、ルルーシュはとっさに身構えた。
<恐れるな、怖れるな、畏れるな。畏怖は心を凍らせる>
<恐怖は人を小さくする>
<感情に囚われれば、大切なものを見落とす>
白い世界、真っ白な世界に、声だけが幾重にもこだましてルルーシュに圧し掛かる。笑みをたたえた声音で、声が言う。
<お前の、最後の後悔、叶えてやろう>
『後悔?』
<ライ>
『!』
短く告げられた名前に、目を見開く。ああそうだ、ライ。ライライライ。ライは、どうしただろう。俺のいなくなった世界で、俺の愛した人は、一体。
襲い掛かる、悔恨の荒らし。死ぬと決めたことに、ゼロレクイエムに対するものではない。ただただ、愛しい人を一人残してきたことへの、死すら凌駕する後悔。
唇をかみ締めたルルーシュに、声が告げる。
<契約しよう>
それは、いつかの言葉。
<力を与える代わりに、私の望みを一つだけ叶えてもらう>
反逆の狼煙を上げた、始まりの日。
<これは契約。契約すれば、お前は人とは違う理で生きることになる>
世界へ反旗を翻した、あの瞬間。
<異なる理、異なる時間。王の力はお前を孤独にする>
きっと俺は破滅への一歩を踏み出した。
<私が与えるのは、王の力であって、そうではない。私が与えるのは―――>
ああ、それでも。
たとえ再び、同じ過ちを犯すのだとしても!
<お前の愛したものと、共に歩むための時間>
共にいると誓った。一生、支え続けると誓い合った。
一緒に、王の力の孤独に反逆しようと手を伸ばした。
なのに、誓いを破って遺してきてしまったライ。
そのライと、再び共に歩めるならば。
俺はどんな罪だって、被ってやろう!
「いいだろう、結ぶぞ!その契約!!」
靄の掛かったような世界で、その言葉だけが凛と響き渡った。
2010/01/05