世界の終わり
深々と、胸に突き刺さった剣。
どくり、どく、り。
とめどなく血が溢れて、白が基調の皇帝服を紅に染め上げていく。じわじわと、白を赤が侵食していくさまは、見ていなくてもわかるようだった。
どく、り……ど、く……り。
心臓の鼓動の音が、徐々に小さくなる。
指先が冷たい。凍てつくように、こごって上手く動かせない。それでも気力と精神力だけで動かして、そぅっと目の前にあるゼロの仮面に手を伸ばした。
この仮面の下にいるのは、親友と位置づけた男。
かつての親友、かつての敵、現在の共謀者。
今なお、自分が彼のことを親友だと思っていると、そういったのなら、彼は……スザクは、どんな顔をするだろうか。嫌悪に歪めるだろうか、冷め切った眼差しを向けるだろうか、嘲笑を漏らすだろうか。
他愛ない、想像。けれど、ああ。今はそんなこと、どうでもいいのだ。
仮面越し、どんなに小さくともこちらの声はかろうじて聞こえるはずだ。最後の言葉を囁く。世界を、愛する人たちを、託す言葉。いまさら言葉なんて必要なかったけれど、それでもやっぱり伝えたくて。最後の最後、想いを口にした。
仮面の下、スザクがどんな表情をしているのか。想像するのはたやすくて。ふわり、笑みを浮かべた瞬間、引き抜かれた剣。
ふらり、ふら、り。
よろめくように踏み出して、出演を終えた舞台から立ち去る。ずる、と力なく下へと滑り落ちるまでが、喜劇。
囚人服を纏ったナナリーの元まで、一気に落ちる。描かれた血の線は、もう視界に入らない。震えながら、触れてきた手。涙を溢れさせ、愛を叫ぶ妹に心の底からの笑みを浮かべた。
俺も、愛しているよ。言葉はすでに声にならなくて、それでもきっとこの思いは伝わったと確信できる。
なぁ、ナナリー。不甲斐ない兄ですまなかった。お前のための反逆、お前のための黒の騎士団、お前の為の、ゼロ。すべては詭弁で、お前のためといいながら、お前を傷つけ続けた。心優しいお前が、フレイヤを撃つまでに、追い詰めてしまった。
駄目な兄で、すまなかった。
けれど、もし、もしも、お前がまだ、俺を愛していると叫ぶなら、頼みたいことが、一つだけある。
世界の為に死ぬことに、悪意を全て持って逝くことに、カケラの後悔もないけれど。心残りがたった一つ、あるんだ。
ライ
母さんもナナリーを失ったと信じていた世界で、最後の俺の愛す人だった。
あいつを遺していくことだけが、心配で仕方がないのだ。
俺と同じで、なによりも喪失に恐怖する、ライ。俺はライになにもできなかった。なにもしらない、真っ白なライを一方的な理由で世界への反逆に巻き込んで、傷つけて、今俺はあいつを一人遺して見捨てて逝こうとしている。
ゼロレクイエムは、ライにとって最上の裏切りだ。
わかっていたけれど、止められなくて、止めるつもりも、なくて。なにより愛すライを裏切って、俺は最後を迎えた。
ナナリー、もし、もしも、俺を許してくれるなら、俺を愛してくれるなら。
いや、俺のことを憎んでいい、恨んでいい。だから、どうか。ライを支えてやってくれないか。
ライにとって、ナナリーはもう一人の妹だ。過去に失ったという、妹と同じ存在だ。決して代わりではないよ。ライは、誰かの代わりに他人をもとめたりしない。
ナナリー、ななりー、なな、り……
らいを、たのんだよ
黒衣を翻し世界に反逆を叫んだ男は、白衣を血に染め上げて、静かに息を引き取った。
安らかな笑みを浮かべた、それが、だれより世界を恨み命をかけて世界を守った、男の最後だった。
2010/01/04