それは、裏切りの代償?
スザクが、白兜のパイロットだった。
藤堂救出のために乗り込んだチョウフ基地で、四聖剣はゼロの指示の元幾度となく黒の騎士団に辛酸を舐めさせた白兜と戦闘をした。
ゼロの的確な分析と、四聖剣の連携、そしてナイトメアに騎乗した藤堂という新戦力によって白兜を見事に追い詰めることが出来た。藤堂の操る月下が剣を振りかざし、勝負はついたと思われた。
だが、常に誰もの予想の上を行く機動力で白兜はコックピットを真っ二つにするはずだった藤堂の一撃をぎりぎりとはいえ避けることに成功。コックピットハッチは上部が切断されたものの、操縦者に怪我を負わせることは出来なかった。
切り離されたコックピット。パイロットがゆっくりと、顔を上げる。
その、顔は。
ゼロであるルルーシュが誰よりも信頼し、唯一親友と位置づけた相手だった。
「くそっ、どうして!スザクがっ!!」
だん!と苛立ちを露に机を叩く。溢れる苛立ちを抑えることができず、ゼロとしての執務など放り出して帰宅してきた。あまり騒ぐとナナリーが起きてしまう。わかっていても、発散場所の見つからない苛立ちは物に向かう。
普段綺麗に片付けられているルルーシュの部屋は、酷い有様だった。机の上に整頓されていたものは、全てなぎ払われ床に散らばっている。机に置かれていたチェス台も例外ではなく、白と黒の駒が床には散乱していた。
それでもルルーシュの苛立ちは収まらない。この程度のことで、収まってくれるほど衝撃は軽くなかった。
どうして、なぜ。スザクが。
脳裏を占めるのは、それらの言葉ばかり。第一はナナリーのためだった。けれど、その次にはスザクの為に、ブリタニアをぶっ壊そうと誓った。そのために、黒の騎士団を作り上げた。なのに、その、スザクが。黒の騎士団の、自分の邪魔をしていた白兜!
どうして感受できるというのだろう。今まで全力で排除しようと、殺そうとしていた相手が、かけがえのない友達だったなんてっ。どうして、どうして!!
「くそっ!!」
何度目とも分からない悪態をついて、ルルーシュはぐっと唇をかみ締めた。血の味が口内に広がるが、そんなもの、しったことではない。
ふと、目に入ったのは机の棚に置かれた写真。自分とスザクとライが三人で写っている写真だ。つい先日撮ったばかりのもの。三人とも笑顔で写っているというのに。この日だって、ルルーシュはゼロとして黒の騎士団を率いて白兜と戦った。笑顔の裏で、殺しあっていた!
そう思うとたまらなくなって、ルルーシュは激情のままに写真たてを掴み、部屋のドアに向かって力いっぱい投げつけた。
「わっ」
「?!」
ドアにぶつかり、音を立てて落ちるはずだった写真たては、だがルルーシュのよそうに反してがしゃん、と壊れる音を立てなかった。変わりに聞こえたのは、ドアのあく軽い空気音と驚いたような声。反射的に振り返れば、そこにたっていたのは突然飛んできた写真たてを驚きつつも受け止めたライだった。
「すごい音がしたからきてみたんだけど……ルルーシュ、どうしたんだ?」
部屋の惨状に眉をひそめたライが一歩踏み出して室内に入ってくる。暴れたせいで少し上がった息で、ルルーシュはそれをみていた。
ライは、ルルーシュの部屋の二つとなりで暮らしているルルーシュの恋人だ。恋人同士になって、まださほど日はたってないし、ライは記憶喪失という立場だが、ライといるのはとても気持ちが安らいだ。ライのもつ、特有の雰囲気がルルーシュはたまらなく心地よかった。
だから、この荒れた気持ちも、ライと一緒にいれば多少は治まるかもしれない。スザクに裏切られたという事実は変わらないにせよ、ライが傍にいてくれるなら、耐えられるかもしれない。
床に散乱したものたちを避けてルルーシュに近寄ってくるライに、縋るようにルルーシュは腕を伸ばした。その手がライに触れる寸前で、ルルーシュの視界にライのもつ写真たてが目に入り、はっと、もう一つの真実を思い出す。
『ルルーシュ、僕、軍に入ろうと思うんだ』
『軍?』
唐突なライの言葉に、ルルーシュは眉をひそめた。この頃はまだ、ライとはただの友人関係で、傍にいて落ち着く、とは思っていたものの確固たる恋情は抱いていなかった。
『うん。スザクに誘われて。軍ならいろんな情報があるから、僕の記憶の手がかりもあるかもしれない』
記憶を求めて、さまよっていたライ。可能性があるなら、わらにも縋る思いなのだろうということは予想にたやすく。ルルーシュは難しい顔をしつつも即座に否定することはなかった。
『そうか。だが、軍人になる必要はないだろう?わざわざ危険な目にあうことはない』
『……大丈夫だよ、スザクと同じで、入るとしても僕も技術局だから』
『前線には出ないんだな?』
『うん』
確認を込めて問いかけたルルーシュに、ライは笑顔で頷いた。あまりに綺麗な笑みだったものだから、どきり、と心臓が高鳴ったせいで、ルルーシュは大切なことを見落としていた。
その笑顔が、綺麗過ぎた、ことに。
(『スザクと同じ』部署)
今になって、思い出した。ライは確かに言った。「スザクと同じ」と。それは、どういう意味だ?
技術局だから、危険はない。そういって笑っていたスザクは、白兜という黒の騎士団最大脅威のナイトメアフレームのパイロットだった。ならば、ライは?スザクと同じだと、スザクと同じように笑った、ライは?軍で、なにをしている。
(まさか……!)
脳裏によみがえるのは、白兜の後を追うようにして出てきた青い兜。常に白兜と共闘し、黒の騎士団の目的を妨げる、白兜と同様にやっかいな相手。
アレのパイロットは、だれだ。
思い至った事柄に、ルルーシュは浅く息を飲み込んだ。スザクが、白兜のパイロットなら、ライは。もしかして。脳裏をちらつく可能性。ありえない、否定をしたいのに、スザクがそれを許さない。伸ばした手を不自然に止めたルルーシュに、ライが不思議そうに首を傾げる。近寄ってくるライを、反射的に一方白に下がり、よけた。
「ルルーシュ?」
訝しげに名を呼ぶライの声をどこか遠くに聞きながら、ルルーシュは目の前がガラガラと崩れていく感覚に襲われていた。
きっと、あの、兜のパイロットは。
すでに、確信となってしまった事柄に絶望し、ふらり、とよろける。慌てたライが伸ばした腕をバシッと叩き落とした。
「る―」
「ライ、質問がある。答えろ」
ライの声を遮って、固く凍てついた声で命令する。ルルーシュの雰囲気に、ただならぬものを感じたのだろう。ライが緊張するのが、気配で伝わってきた。
「スザクが、ナイトメアに乗っていた。白い、新機種のナイトメアだ。お前は言ったな?『スザクと同じ』だと」
「……」
「ならば、お前は、ナイトメアに乗るスザクと同じ部署で、なにをしている?答えろ、ライ」
どうか、どうか外れてくれ。初めて自身の予想が外れることを祈りながら、真っ直ぐにライを見るルルーシュの眼差しは冷たくて、すでにそれはにらみつけているといっていい。その眼光を真っ直ぐに受け止めて、ライは眉を寄せ苦しそうな表情で唇を引き結んだ。
「どうした、ライ。答えられないか?」
「……」
「白いナイトメア。噂では、青いナイトメアもいるらしいな?」
「……」
「お前、ナイトメアに騎乗しているのか」
すでに、問いかけではなく確認。どうかどうか、必死の祈りも虚しく、ルルーシュの前でライは小さく頷いた。
目の前が、真っ黒に染まった気がした。
「黙っていて、悪かった。心配をかけたくなかったんだ」
ライの言葉が、遠い。酷く、小さくてよく聞こえない。ああけれど、わかったことが一つだけある。
オレはライを殺そうとした。ライはオレを殺そうとした。
学園では仲良く語り合って、時には愛を囁きながら、なのにオレたちは互いを標的として、殺しあっていた!
こんなにも滑稽なことがあるだろうか。これほどの喜劇が、存在するだろうか。
「ふ、ふふ……ふはははは!」
突然狂ったように笑い出したルルーシュに、ライがびくりと肩をすくめた。それはそうだろう。ルルーシュは、こんな自分をライにみせたことなどなかった。ライにみせるのは、いつも優しくて思いやりがあってクールな学生の自分。
こんな風に、ゼロの一面を見せたことはなかった。
「心配を掛けたくなかった?ふざけるな!お前は、オレに嘘をついた!オレを騙していたっ。オレを裏切った!!」
笑いをとめ、ライを見据えたルルーシュの口から飛び出したのはライを責める言葉。激しく糾弾する、言葉。さっと、ライの顔色も変わる。
「違うっ!そうじゃない!そんなつもりじゃない!!」
「どこが違う!なにが違う!!お前はオレを!」
殺そうとしたじゃないか!!
その言葉は、自分がゼロだと認めることと同義だ。
我に返って思えばこそ、叫びは喉に絡まって言葉にならず、目の前で必死に理由を並べるライを先ほどまでとは打って変わって酷く冷静に見下していた。
ライはルルーシュに嘘をついた。ルルーシュを、騙していた。軍人として前線で戦うことを、黙っていた。
けれど、それのなにが悪いという。
ルルーシュだって、ライに嘘をついている。ライを騙している。ゼロとして黒の騎士団を率いていることを、黙っている。
話せば、ライはルルーシュの傍に、ゼロの側につくのだろうか。ライは記憶を取り戻したい一心で軍に入った。ブリタニアへの忠誠ではない。それに、今の黒の騎士団の情報力なら、ライの記憶の手がかりだってきっと見つけられる。
それを教えれば、ちらつかせれば、ライはどうする?
静かに考えるルルーシュの前で、ライはいまだ必死に言葉を連ねていた。
「最初は記憶のためだった!でも、今はみんなを守りたいから!だから軍にいる!だから戦ってる!」
それは、記憶の手がかりが黒の騎士団にあっても、黒の騎士団にはこないと、そういうことか?
「テロは卑劣だ!正義を語る黒の騎士団だって、許すことは出来ないっ。彼らのせいで、どれだけの人が死んだ!僕は、これ以上誰かを死なせたくはない!!」
黒の騎士団のせいで、人が死んだ?それ以前に、ブリタニアに踏みにじられた人々はどうなる?
「今の僕なら、テロから、黒の騎士団から人々を守ることが出来る!!」
それは、ブリタニア人限定だろう?
「君の事だって、守れる!その力が、今はある!!!」
そういいながら、お前はオレを−ゼロを−殺そうとする。
「スザクと一緒に!」
嗚呼、そうか。そういうことか。
お前は、何があってもオレのものには、ならないのか。お前は、オレよりスザクを選ぶのか。
けれど、そんなことは、許さない!
「ライ」
静かな声。凍てついた冬をも思わせる、絶対零度の声音。ルルーシュの呼びかけに、ライは真っ直ぐにルルーシュを見つめた。普段はあまり動じることのないライが顔を泣きそうに歪めていて、口角を吊り上げる。青紫の瞳をひたと見据えて、ルルーシュは左目と声に力を込めた。
「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!お前は、一生オレの傍でオレと同じ道を歩め!!」
ルルーシュの左目から赤い鳥が羽ばたき、真っ直ぐにライの元へと向かった。青紫の瞳が、赤く縁取られた瞬間、ライの顔から泣きそうな表情が消えた。
「イエスマイロード」
淡々と誓いを口にしたライに、ルルーシュは満足気に頷いた。
お前がいなくなることなど耐えられない
お前がオレ以外を選ぶことも許さない
もし、お前がいなくなるのなら、オレ以外を選ぶというのなら
オレはオレのプライドも矜持も全て投げ捨てて
お前を、手に入れる
最初のプロットでは、ルルーシュが「裏切ったのか!」といったあたりで仲違いしたまま終わるはずだったんですが、書いてるうちに「あれ?これギアスありじゃね?」とか思ってしまったので、こんなエンドに。
微妙にヤンデレルルーシュ?
2009/12/30