すきじゃない、きらいじゃない(気まぐれに10のお題)
黒の騎士団のナイトメアフレーム用の倉庫。その一角に佇む蒼い月下。正式名称を、月下先行試作機型。右腕に簡易型輻射波動機を搭載したライ専用の月下の前に佇み、コーティングされたその冷たい表面を撫でる。
ライの能力に合わせて調整された月下のスペルは相当なものだ。全てが常人離れしたピーキーな設定。ライが入るまで、黒の騎士団一のエースだったカレンでさえもが「あやつれない」と言うほどの。
ライの相棒となって久しい蒼い月下を前に物思いにふけっていたライは、それでもこちらに向かってくる足音を確かな聴覚で拾い上げた。
「どうしたんだ、ゼロ」
「様子を見に来た」
ナナリーのように足音だけでだれかを判断することは、ライには難しい。それでも、不思議とゼロのものは判別がつくのだ。ライの判断は間違っておらず、問いかけにはすぐに返事が返ってきた。
触れていた月下から手を離して、ゼロに向き直れば、ゼロは一瞬月下に視線を向けた後、唐突な問いかけを投げかけてきた。
「ライ、お前は戦闘をどう思う」
「どう、とは?」
「そうだな……好きか、嫌いかでいい」
その意味しだいで、答え方は何百通りとあるだろう。訊ねたライにしばし黙考したゼロは、一番単純な問いをした。
表情を変えることなく問いかけを受け取って、ライは再び蒼い月下を見上げた。
「すきじゃない」
「そうだろうな」
聞いておきながら、返事はわかっていたのだろう。頷いたゼロを視界の端で収めて、でも、と言葉を続ける。
「でも、きらいじゃない、そう思う」
「……なぜ」
こちらは少し以外だったのか、珍しくも声音に僅かながらも驚きの色があった。そのことにライは薄く微笑んで、小さくと息を吐き出した。
多少の憂いを瞳に翳らせて見上げる視線はそのままに、ライは口を開く。
「本当に、戦いが嫌いだったら、武器など持たないよ」
「必要に迫られれば、人は武器を手にする」
「それは、心の底から戦いを忌諱していない人の場合だ」
本当に、本気で戦いが嫌いなら、嫌悪し忌諱するならば、どんな状況下でも決して武器を手にはしないだろう。
守るため、そんな大義名分を掲げていようと、戦いは戦いで殺戮は殺戮。勝者は生き残り、敗者は死ぬ。心から戦闘を否定するなら、そんな戦場での常識など、知るはずもない。
けれど、ライは知っている。骨の髄まで、染みこんでいる。戦場では、勝者こそ正義。強きものこそ正しいのだ。正確には、正義と定義され正しきものと認定される。
それが、絶対だとは言わない。けれど、この世界のどうしようもない形だと諦めている。
そして、そんな諦観を抱くライは自身がさほど戦いに対して否定的な感情を持っていないことも自覚していた。
なにしろ、生まれた時代が時代だった。他国とは搾取するもので、戦争で負けた他国の人間は奴隷となるのが当たり前だった。そういう、時代だった。それは、いまでもあまり変わらないけれど。
だから、ライは戦いを否定しない。回避できるに越したことはないけれど、他に打つ手がないならば迷いながらも武器を持つ。人を殺す。
自信がそういう人間だと、理解している。
「ゼロ、僕は君が思っているより、酷い人間だよ」
この身は、幾千幾万の屍の上に存在している。いや、数多の国を滅ぼした己は、億を超える人間の亡骸を踏みつけて、存在しているのかもしれない。
そこまで考えて、口元に自重が滲んだ。普段のライならば決して見せない、皮肉気な表情で、笑う。
「僕は、心のどこかで、きっと戦いを楽しんでる」
けれどそれを認めるのは、怖くて。自分というものを失くしてしまいそうで、手に入れた暖かな場所を手放すことにつながりそうで。
怖くて認めることが、できないで逃げ出している。
だから、きらいじゃない、その台詞でお茶を濁すのだ。
「ゼロ、僕は」
なおも言葉を噤もうとしたライの台詞は不自然に途切れた。ばさり、とマントの擦れる音がして、ライはゼロに抱きしめられたからだった。
背中から抱きしめられ、首元に両腕を回される。そっと、触れたゼロの腕は布越しでも分かるほど温かくて、思わず涙が出そうになった。つん、とする鼻の奥にくすぶる感情を必死に押しとどめる。
言葉のない、ゼロの優しさが痛いほど嬉しかった。
ゼロ、君への回答だ
僕は戦いが、すきじゃない、きらいじゃない
お題タイトルが微妙に違うのは、つゆりが勘違いして書いてしまったから(苦笑)
アップのときに間違いに気づいて慌てたものの、もーいいや!とそのままアップ
真琴さんごめんね!
2009/11/29