そばにいて、だきしめて(気まぐれに10のお題)
「日本人は皆殺しです!」
高らかに虐殺を叫ぶ皇女。晴れやかな笑顔で、心から信じていることを遂行するような迷いのなさで、自身も拳銃を握り締め、彼女は殺戮を叫ぶ。
ドレスの裾を翻して、ユーフォミアが舞台に立ち叫んだ台詞。その言葉のあまりの不可解さに会場はしん、と静まり返った。
反応をしたのは、ライ一人だけ。ユーフォミアの掲げる銃から日本人を守るように彼女の前に立ちはだかって、声を限りに叫ぶ。
「やめろっ!」
ユーフェミアの瞳に輝く、赤い鳥。ギアスに支配されていることは疑いようがなく、けれどライはゼロがわざとユーフェミアに「日本人を殺せ」とギアスをかけたとは思わなかった。たとえ、行政特区日本がゼロの目的の妨げになるとしても、ゼロはこんな方法を選ばない。軍人でもない、罪のない民間人が傷つくようなことを、ゼロがするはずがない。
だから、これはきっとギアスの暴走。ゼロの望まない、命令。ならば、止めなければならない。
ライはゼロの右腕なのだから。
「やめるんだ!君が本当にしたかったことは、こんなことじゃないはずだっ!」
「邪魔をするの?なら、貴方も死んでください!」
引き金に掛けられた指は、迷うことなく引き金を引いた。ドン、と消音されていない銃から爆発のような音がして、広げていたライの右腕に灼熱の痛みが走る。
漏れそうになる苦痛の声を噛み殺して、ライは必死に声を上げた。ライのギアスは聴覚を媒体とした絶対遵守。ゼロのギアスに上書きすることが出来れば、ユーフェミアを止められるかもしれない。ギアスにギアスの上書きが有効なのか、試したことがないのでわからないけれど。
それでも、万に一つの可能性に、掛けるしかなかった。
「ユーフェミア!君が本当に成し遂げたかったことは何だ?!こんなことではないだろうっ!」
「邪魔ですよ」
ドンドンドン、発砲音が続いて、同じ数だけ身体が焼けるように熱くなる。打ち抜かれたのは、先ほどの右腕と左腕、わき腹と頬を掠めた。命中しないのは、ライの外見が日本人とはかけ離れているからだろう。威嚇のためだけの射撃だ。
それでも痛みは相当なもので、打ち抜かれた両腕はだらりと力なく下がっている。足を打たれていないのが幸いか、たっていることは出来たけれど、両腕からの失血が酷くて眩暈がした。
よろけたライの傍を、興味を失ったらしいユーフォミアが駆け去ろうとする。その銃がまた、日本人に向いたのを見て、ライは反射的に叫んでいた。
「僕はまだ生きている!僕も日本人だ!!」
「では、死んでください」
ライの言葉に反応して振り返ったユーフェミアの放った銃弾が、今度こそわき腹に命中した。思わず小さく悲鳴を上げて、それでも倒れることはしない。まだ、ユーフェミアを止めていない。
「まだ死なないんですか?」
望んでいなかったとはいえ、強化を施された身体はそう簡単に倒れないらしい。心の中で皮肉に笑い、ライは唇をかみ締めて顔を上げた。
ごぼり、口内を鉄の味が占拠する。わき腹を打たれたせいで、競りあがってきた血を吐き出して、口の端から血を流しながら、ライは懇親の力でユーフェミアにギアスをかけた。
「ユーフェミア、君は君の信じた道を行け―――!」
「私は―――っ」
ドン。
乾いた音がして、ライの視界からユーフェミアが消えた。
自分が、倒れたのだと気づいたのは視界一杯に広がる青空のせいだった。突き抜けるように蒼い青。まぶしい、と目を細めてライはかはっ、と空気の塊を吐き出した。
ユーフェミアの放った最後の一発は、確かな殺意と共に左胸、心臓に当たった。どくどくと、血が止まらない。それでも即死でないのは、バトレーに施された人体実験による賜物か。
ユーフェミアはどうなったのだろう。とめられた、のだろうか。彼女の最後の言葉はよく聞き取れなかった。
(僕を、撃ったのは、ギアスに掛かる直前だった、なら)
ユーフェミアは、止まったかもしれない。撃った直後に、我に返ってくれたならそれでいい。彼女を止められたなら、それで。
瞼が重い。息が苦しい。身体が、冷たい。
撃たれた直後は焼かれているように痛かったのに、今では感覚すらなくて、ただただ寒かった。荒い呼吸を繰り返していると、唐突に視界に広がっていた青空が遮られた。
「ライ、ライ、ライ!」
切羽詰った呼び声は、ゼロのものだ。仮面越しの変声期で少し変わった声。必死にライの名前を繰り返すゼロは、ライの傍に座り込むとライの上半身を抱き起こした。ゼロの腕の中で、ライは荒くなる一方の呼吸を何とか押しとどめて、ゼロの名を呼んだ。
「ゼ、ロ」
「ライ!」
打ち抜かれた右腕。感覚など、とうになくなっていたけれど、それでも懸命に動かそうと試みて、ぎこちない動作だったが、なんとか腕を持ち上げることに成功した。ゆるゆるとした動きで、ゼロに手を伸ばす。察したゼロが、ライを抱き上げているのとは反対の手で握り返してくれた。ふわり、と笑みがこぼれる。
「ぼ……く、はゆー……ふぇみ、あ……さ……とめ……ら、れ……た……?」
「っ」
目の前にあるはずの、ゼロの仮面。けれど、視界が霞んでいてはっきりと認識できなかった。力の入らない手で、微かにゼロの手を握り締めれば、ぎゅう、と痛いくらいの力でゼロが握り返してくれた。
血のせいで、口の中がべたついてうまく喋れないけれど、それでも確認しなければならなかったから。一生懸命、言葉をつむぐ。声は掠れて小さくて、途切れ途切れとかなり聞こえにくいだろうに、ゼロは確りと耳を傾けてくれた。真摯な彼の一面が、たまらなく好きだった、と場違いなことが脳裏をよぎる。
「ぎょう、せ……と、く……にっぽ、ん……は」
「……お前は、ユーフェミアを止めた。行政特区日本は成立するよ。ありがとう、ライ」
「よか、た」
耳を澄ましてみても、ゼロ以外の誰の声も音も聞こえない。銃の発砲される耳障りな音も聞こえないから、本当にユーフェミアをとめることができたのだろう。ほ、と安心した瞬間。また、喉元を錆びた味が競りあがってきた。
「かはっ」
「ライ!」
こらえきれずに、吐き出したのは真っ赤な鮮血の塊。沢山の常識を無視したこの身体も、流れる血は赤いのだと思うとどことなく安心した。
「すぐに治療を!」
慌てたのはゼロだ。ライを抱き上げて連れて行こうとする気配に、ライはゆるやかに首を振って拒否を示した。
自分の体のことは、自分が一番わかっている。流れ溢れて止まらない血は周囲一体を真っ赤に覆い尽くしているのだろう。傍にしゃがみこみ、膝を付いているゼロのマントも紅に染め上げているに違いない。
強化された身体も、元は人間。これだけの量の血を流せば、助かるはずがない。
「い……」
いい、語尾は掠れて言葉にならなかったが、ゼロは確かにライの言いたいことを悟ったらしい。仮面で表情は見えないが、ライの手を握っている掌が、手袋越しでも分かるほどに、硬くなった。
「諦めるな!必ず助ける!!」
必死に叫ぶ言葉は、ライよりよほど血を吐くような苦痛にまみれていた。ああ、きっと仮面の下で泣きそうな顔をしているに違いない、そう思ってライは淡く微笑んだ。
どこまでも優しい彼に、自分の死を見せたくはなかった。重りと、したくはなかった。
けれど、不思議と心は凪いでいて、死を恐れはしなかった。それは、ずっと死を求めていたから、ではなくて愛しい人の腕の中で死ねるなど、自分の過去を思えば許されざるほどの幸福だと思ったからだ。
世界はどこまでも優しくなかったけれど、ゼロの、ルルーシュの隣は、残酷なほどに優しかった。
左腕に力を込めて持ち上げる。右腕以上に苦労して、やっとの思いで持ち上げた掌は、そうっとゼロの仮面をなぜた。その動作は、どこまでも優しい。
この仮面の下、最後にルルーシュの素顔を見たかったと思うのは、あまりに傲慢だろう。だから、ゼロの仮面にルルーシュを重ねて、ライは微笑んだ。
「そな、こと……よ、り」
ひゅ、と息を吸い込む。喉がひりついて、うまく呼吸が出来ない。それでも、まだ黙るには早い。
「そ、ばに……いて、だ……き、しめ……て」
大勢の罪のない人々を殺した己には過ぎたる願いだとわかっている。それでも望んでしまったのは、最後の最後、冷め切った身体でも愛しい人の体温を感じながら眠りにつきたかったからだ。
仮面の下で、息を飲み込む気配がした。他人には厳しいのに、一度懐に入れた人間にはとことん甘いルルーシュだから、この言葉は残酷だったかもしれない。後悔したのは少しの間で、すぐに震える腕でゼロに抱きしめられ、僅かな後悔は多大な幸福の前に溶けて消えていった。
ライを抱きしめる腕がかたかたと小刻みに震えている。自覚しながらも、どうしようもなくて、ルルーシュはライを抱きしめる腕に一層力を強めた。隙間をなくすように決して離さないとばかりに抱きしめる。
ルルーシュの肩に顎を乗せ、顔のすぐ横にゼロの仮面を感じながらライは幸せすぎて涙の滲んだ表情で、穏やかに微笑んだ。
「きみ、は……きみの、しんじ……た、み……ちを、」
胃から競りあがってきた血を再び吐き出して、さらに掠れた声音でライは言葉を続けた。
「だ、れに……も、しば、ら……れ、ない、で」
力の入らない両腕、最後の力を振り絞って、ゼロを抱きしめ返す。とくん、とくん、服ごしに聞こえるゼロの鼓動。確りとした動きに、安堵した。大丈夫、彼ならこの先も生きていける。どんな困難にだって、きっと立ち向かえる。
そのとき僕は傍にいられないけれど、でも。
「ルルーシュ、僕はずっと、君を見守っているよ」
先ほどまでの掠れた声が嘘のように、はっきりとした言葉。ぎゅう、とさらに力を込めてゼロを抱きしめて、ライは最後の愛を伝えた。
「あいしてる」
そして、穏やかに笑ったままライは息を引き取った。
風邪ネタと迷ったのですが、あえてこちらに。
個人的にはユーフェミアのギアスは解除されてない設定。ライくんがゼロの声以外聞こえなかったのは、失血多量で意識が朦朧としてたから。
この後ゼロはユーフェミアを撃ちます(どこまでも救われない)
2009/11/27