きらいになれない(気まぐれに10のお題)
ナナリーが倒れた。
その連絡は、僕とルルーシュが僕の記憶探しに租界に出掛けていた時に、佐代子さんからの電話で知らされた。電話にでるなり血相を変えたルルーシュに、どうしたのだろうかと思ったのだが、すぐにルルーシュから電話の内容を話されて、顔色を変えた。
記憶探しの途中で帰ることを詫びるルルーシュに「僕も帰る」といって一緒に帰宅したのは、一人で記憶探しをするのが寂しかったわけでも、ルルーシュと離れるのが嫌だったわけでもない。妹のように可愛がっているナナリーがただただ心配だったからだ。
クラブハウスに戻って、佐代子さんから詳しい話を聞けば現在租界や学園内で流行っている季節性のインフルエンザに掛かったということだった。
熱はあるものの、すでに医者にも見せたし、薬も飲んだとのことであとは温かくしてよく休めば治るだろうとのことだ。ほっと安心したルルーシュと僕にナナリーを任せて、佐代子さんは晩御飯の買出しに向かった。
そして今、おかゆを作っているルルーシュの変わりに僕はナナリーの部屋の前にいた。
「ナナリー、ライだ。入ってもいいかい?」
「はい」
いつもより元気のない小さな声がドア越しに聞こえて、僕はそうっとドアを開いた。移るといけないから、そうルルーシュにいわれて渡されたマスクをつけて僕はナナリーの部屋に足を踏み入れた。
窓は換気の為に開かれていて、傍のベッドでは顔を赤くしたナナリーが横になっている。ベッドの脇に椅子を移動させて、そこに腰を下ろした。
「起こしたかな?ごめんね」
「いいえ、起きていましたから大丈夫です」
やっぱりナナリーの声には普段の元気がなくて、話すのも少し苦しそうだ。額には冷ピタが張られていたから、ナナリーに一言断って頬に触れればやっぱり熱い。あまりの体温の高さに、眉がよった。
「ナナリー、話すのが辛いなら返事はしなくていいからね。今、ルルーシュがおかゆを作ってくれてるよ」
「はい」
熱い吐息を吐き出したナナリーに、僕が傍にいるのも負担になるだろうかと思って立ち上がろうとすれば、頬から離れた掌を追いかけるように、ナナリーの小さな手が僕の手をぎゅうと握った。
「ナナリー?」
驚く僕に、ナナリーは少しだけ眉を寄せてきゅうと唇を引き結んだ。少しだけ躊躇した後、ゆっくりと口を開く。
「迷惑で、なければ……もう少し、いてくださいませんか」
「もちろんだよ。迷惑なはず、ないだろう」
病気のとき、人は不安になるという。ナナリーもやっぱり不安なのだろう。
安心させるようににこりと微笑んで、握られた掌を握り返す。反対の手でナナリーの頭を優しく撫でて、立ち上がったばかりの椅子に再度腰を下ろした。
「ライさん、ごめんなさい」
唐突な謝罪に、首を傾げる。心底申し訳ない、とその気持ちがにじみ出ている言葉なだけに僕は不思議で仕方なかった。傍にいて欲しい、その願いはささやかで礼ならともかく謝罪される理由にはならないだろう。
「僕が好きで傍にいるんだから、ナナリーが謝ることはないよ?」
「そのことではありません……呼び戻して、しまったのでしょう?」
「?」
「折角、お兄様とお出かけされていたのに」
その言葉に、ようやく僕はナナリーが何に対して謝っているのか悟った。前日から、今日はルルーシュと出掛けるのだとナナリーに言っていたから、途中でクラブハウスに呼び戻してしまったことを、ナナリーは申し訳なく思っているのだ。
どこまでも、人に気を使う、とてもいい子なのだと再び実感して、僕は淡い笑みを浮かべた。
「ナナリー、僕もルルーシュも君が大切なんだよ。そんなナナリーが倒れたなんて聞いたら、すぐに戻ってくるのは当たり前だ。それにナナリーが申し訳なく思う必要はないよ」
ふわふわとした髪を撫でながら、諭すようにそういえばナナリーは少し安心したように「ありがとうございます」と口にした。分かってくれてうれしいよ、と笑いかけると、ナナリーは「でも」と言い募る。
「お兄様は、とても私に優しいです。……みんな、いいます。お兄様は私に優しすぎると」
「生徒会のみんな?」
「いいえ、クラスのお友達です」
生徒会のメンバーは心の中で思っていても口に出してナナリーに言ったりはしないだろう。まぁ、リヴァルあたりならぽろりといいそうではあるが。
ナナリーのクラスメイトとは流石に僕は認識がない。でもナナリーが友達というのだから、いい子たちなのだろう。ナナリーは誰にでも無条件でやさしいようでいて、きちんと人を見る目は持っている。
とつとつとナナリーが話す。それは、普段は思っていても口に出せないことを熱に浮かされて喋っているようにも見えた。あるいは、普段口に出せないことを熱のせいにして話しているのか。ナナリーの性格的に絶対に前者だろう、と思いつつ僕は相槌をうつ。
「お兄様は私に優しすぎます。だから、心配になるんです」
「なにがだい?」
「お兄様は、ライさんより私を優先してしまうのではないだろうか、と」
まぁ、ルルーシュの性格的にそうだろう。思わず頷きかけて、ここは頷いてはいけない場面だと自制する。
「お兄様が私を優先するあまり、ライさんはお兄様に愛想を尽かしてしまわれないだろうか、と」
たまらなく不安になるんです。
小さな小さな声でそういったナナリーは僕らが恋人同士であることを知っている。僕らが恋人になったことを、誰より喜んでくれたのもナナリーだ。だからこそ、心配なのだろう。
けれど、そのナナリーの心配も不安もすべては杞憂だ。
だって、僕は。
「大丈夫だよ、ナナリー」
撫でていた髪から手を離して、ナナリーの手を両手で包み込む。そして、ふんわりと僕にできる笑みで一番優しいものを浮かべた。
「だって、僕はナナリーが大切で愛しくてたまらない、妹想いのルルーシュも、全てひっくるめてルルーシュのことが好きだから」
開かない瞳で、真剣に僕を見つめてくるナナリーに、ルルーシュには秘密だよ、といたずらっぽくそういって僕は言葉を付け足した。
「ナナリーを僕より大切にする、そのくらいのことでルルーシュをきらいにはなれないよ」
この程度の度量がなければ、端からドのつくシスコンと名高かったルルーシュの恋人なんて務まらないさ。
そんな想いは胸に秘めて、心底安堵した風のナナリーに三度僕は笑いかけた。
扉の向こうでおかゆ片手にこの会話を聞いていたルルーシュが悶えていればいいと思う。
2009/11/26