わかれたい、……ほんとうに?(気まぐれに10のお題)
「ルルーシュ、別れよう」
静まり返った室内。しん、と静寂が落ちる空間で、僕の声は嫌になるくらいはっきりと響いた。僕の前にはルルーシュが居る。夜中に突然部屋を訪ねてきた僕を快く迎え入れてくれたルルーシュにとって、真剣な表情でそういった僕の台詞は予想外だったのだろう。
ぽかん、とルルーシュにしては珍しく呆けた顔をしていたが、僕がなにもいわずにルルーシュの返答を待っていると、やがて僕の雰囲気から冗談ではないと悟ったらしい。表情がこわばった。
「どういうことだ」
「言葉のとおりだ。僕は君と、別れたい」
僕とルルーシュは、所謂恋人同士だ。告白してきたのはルルーシュからで、僕はそれを喜びと共に受け入れた。つい、一週間ほど前の話だ。
けれど、今僕はルルーシュに別れを切り出している。ルルーシュからすればわけが分からないだろうことは百も承知。けれど、僕は引けなかった。
「理由を言え。俺の何が気に触った」
「君が悪いわけじゃない。ただ、君と一緒にいられない、それだけだ」
「わけがわからない」
「わからなくてかまわない」
「納得できない」
「納得してくれなくていい」
頑なな僕の台詞に、ルルーシュは深いため息を吐き出してベッドに腰を下ろした。僕は立ったまま、ルルーシュを見下ろす。
ルルーシュが顔を上げる。痛いくらい真剣な光を宿した菫色の瞳と視線がぶつかって、一瞬だけ臆するが目を逸らすことはしなかった。正面から受け止めて、僕の本気を伝える。
「記憶が、戻ったのか?」
かみ締めるように、言われた言葉。その台詞にはきっと、記憶が戻ったことで本当の恋人を思い出したのか、そんな意味が込められているのだろう。
僕はやんわりと首を振った。
「ならば、なぜ」
ルルーシュの問いに、僕は少し逡巡してから口を開いた。
「記憶は、相変わらず戻らない。だけど、戻らないから、君と一緒にはいられない」
「どういうことだ」
最初と同じ台詞を繰り返したルルーシュに、僕は自重を口元に刻んだ。
「ダメなんだよ。僕は、ダメだ」
ゆるゆると頭を振って、視線を足元に落とす。ばさりと前髪が顔にかかって鬱陶しいが、同時にルルーシュを視界から消してくれた。なおす気には、なれない。
「ライ、詳しく話せ」
「……」
「話さなければ、別れるなど到底了承できない」
きっぱりと言い切られ、ためらいつつも僕は気持ちを吐露する。
「記憶は取り戻したいのに、取り戻すのがすごく怖い。記憶を失う前の僕はどんな人間だったのか。わからないんだ。なにも、わからない。犯罪者だったかもしれない、テロリストだったかもしれない……殺人者だったかも、しれない」
怖い恐いこわい。
失った記憶を取り戻したいと、ずっとずっと思っていた。なのに、今はそれがたまらなく恐ろしい。最初の頃は、何も覚えていないのが漠然と不安で、過去の記憶が欲しかった。けれど、感情がよみがえるたびに、ルルーシュと一緒に居たいと思えば思うほど、今度は記憶が戻るのが怖ろしくなった。
記憶を失う前の僕はどんな人間だったのか。全うな人間だったのか。胸を張ってルルーシュと、生徒会のみんなと一緒にいられる人間だったのか。
きっと、違う。記憶を失う前の僕は、ろくな人間じゃない。時折断片的に脳裏によぎる映像がそれを支持する。だって、どうして、普通に暮らしていた一般人が、記憶の断片とはいえ紅に染まる光景を覚えているというのだ。軍人だって、きっとあれほどの朱を見たりはしない。
だから、僕はルルーシュの傍にいないほうがいい。一緒にいると、いつか傷つけてしまう。繊細な彼を、壊してしまう。そう思えば思うほど不安でたまらなくて、僕はルルーシュに別れを伝える決意をした。
好きだからこそ、僕はルルーシュから離れなければいけない。
「なにを馬鹿なことを。お前はそんな人間じゃない」
「君に僕の何が分かる!」
必死の思いで口にしたそれらの台詞を、ルルーシュはあっさりと否定した。それにかっとなって、気づけば叩きつけるように叫んでいた。我に返っても、一度吐き出した台詞は戻ってこない。どうしよう、と内心うろたえていると、ルルーシュが笑う気配がした。
「そうだな。俺は、記憶を失う前のお前を、アッシュフォード学園に来る前のお前を知らない」
「…………」
「だが、この学園にきてからのお前はよく知っているつもりだ。お前は、人を傷つけることは出来ない」
再びの断定。唇をかみ締めた僕は、でも、と弱弱しい声で反論した。
「僕は、スザクを見ると、恐いんだ」
「……」
「制服姿の、スザクはまだいい。でも、軍服はダメだ。恐くて仕方なくて、身体がすくむ。逃げだしたくて、たまらなくなる。スザクだけじゃない、軍人には、みんなそうだ。……これでどうして、全うな人間だといえる!」
無意識に軍人を避けてしまう。軍人の姿が見えれば、視界に移らないように身を潜めるのは反射的なものだ。
意識せず、こんなことをしてしまう僕が、どうして一般人だといえるのか。
ぎゅう、と拳を握り締めていると、突然温かな体温に包まれた。目を見開く僕の頭は、ルルーシュの胸元に押し付けられていて。いつの間に僕の前にきたのか、僕を背中をなで、あやすようにルルーシュは抱きしめる。
「一般人だって、軍人を恐がる人はいる」
「でも」
「ライが犯罪者だという、理由にはならない。……それに、俺はたとえお前が犯罪者でも、お前がいい」
ルルーシュの腕の力が強くなった。撫でていた手をとめて、両腕で僕を抱きしめる。そして、ルルーシュは僕の耳元で囁いた。
「わかれたい、……ほんとうに?」
確信をもって放たれたその言葉に、僕の瞳からはぼろりと涙がこぼれた。
情緒不安定なライくんと自信満々なルルーシュ。
2009/11/23