きみのまま、すきだよ(気まぐれに10のお題)
放課後の生徒会室で、僕はさらさらと書類に文字を書き込んでいた。最初こそ拾ってもらったお礼に何か出来れば、ほんの少しでも役立てれば、と始めた生徒会活動の手伝いだったが、僕の書類処理の能力がルルーシュと同じくらいだとみんなに判明してからは、なぜだか書類整理は僕主体になっている。
もちろん、みんなも手伝ってくれるけれど、処理している量は同じ時間でも僕のほうが断然多い。記憶を失う前の僕は、勤勉だったんじゃないか?というのは、それまで一人書類と孤軍奮闘していたルルーシュの論だった。
文化祭を控えた今、書類の量は平時に比べて三倍近い。それでもまだ少ないほうだというのだから、一番忙しいときはどうなるのだろう。そつなく書類をこなす僕のそばには、ルルーシュがいてルルーシュは文化祭の催し物の案の可、不可を選り分けている。本来なら生徒会役員全員で決めるべきことだが、それにしたって提案されている量が量なので、最初は個人で予算面を含めやれるかやれないかを判断するのだ。やれそうなものまで間違って不可にまわしてしまわないように、一度不可にまわされたものもちゃんと他の役員が確認する。僕は正式な生徒会役員ではないし、予算面はともかく過去の事例などがよくわからないし、そもそも提案されているイベント名からは内容すらわからないものも多いのでやっていないのだけど。
生徒会室にいるのは、僕とルルーシュだけだ。ミレイさんは家の用事で学校自体を早退したし、シャーリーは部活、カレンは病欠、ニーナは個人的な研究材料を買いに疎開に、スザクは軍で、リヴァルはバイクが壊れたと騒いでいたから修理に持っていったのかもしれない。
そんなこんなで、僕はいまルルーシュと二人きりで書類整理をしている。もうすでに数十分間、ルルーシュと会話はなく、紙の上をペンが滑る音だけが室内には響いていた。けど、不思議と嫌じゃない。
それは相手がルルーシュだから、なのだろう。
「ライ」
「ん?」
ぼんやりとそんなことを考えていると、唐突に名前が呼ばれた。書類から顔を上げてルルーシュのほうを見れば、ルルーシュは書類に視線を落としたままだったから、僕も書類に視線を戻す。
ルルーシュのことだから、同時に二つのことをするのは問題ないだろうし、それは僕も同じなので、多少礼儀がなってなくても同時進行のほうがいいと判断したからだ。
「お前、黒の騎士団をどう思う」
「黒の騎士団?ああ、テレビで騒いでいた黒尽くめの集団?」
「……まぁ、そうだな」
ルルーシュの返答には僅かにだが間があって、僕は何かおかしなことを言っただろうかと内心首をかしげた。けれど、ルルーシュなら僕がおかしな発言をすれば指摘してくれるだろうからあえてそのまま放っておく。
「どう、ってどういう意味?」
「黒の騎士団は、正義か」
ルルーシュの問いかけは、随分と彼らしくないと思う。だって、そんなの応えは見る人々によって、立場によって違ってくる。
「日本人からしたら正義だろうし、ブリタニア人から見れば悪だろう」
「俺はお前の個人的な見解を聞いている」
当たり障りのない僕の発言はルルーシュの気に召さなかったらしい。若干不機嫌をにおわす声でそういわれ、僕は軽く肩をすくめた。
「僕は特別どうとも思わないな。彼らには彼らの主張があるだろうし、ブリタニアにはブリタニアの主張がある。主張が食い違えば対立が生まれるのは必然だ。武力を持って、というのは若干賛同しかねるが、この世情では仕方がない。僕は、黒の騎士団を肯定もしないが否定もしない」
「それは、傍観者、ということか?」
「彼らは僕の心を動かさない、それだけのことだ」
僕の中には、半分日本人の血が流れている。けれど、全てではない。それは僕の日本人ではありえない外見が証明しているし、DNA検査でもはっきりしている。
僕はブリタニア人と日本人のハーフだ。そんな僕は、黒の騎士団を支持すればいいのかどうなのか。正直よく分からない。
僕の言葉に、ルルーシュは納得したわけではないだろうがそれ以上の問いを諦めたらしい。軽く鼻を鳴らして受け入れてくれた。
「どうして急にそんな質問を?」
「気が向いただけだ。今朝のニュースで黒の騎士団の特集をしていた」
「ああ、そういえばそうだったね」
クラブハウスのルルーシュの隣の部屋で生活する僕は、朝食や夕食はルルーシュやナナリーと一緒にとる。だから、見た番組も同じはずで。記憶を遡れば確かに、今朝のニュースで黒の騎士団に対する様々な特集が組まれていた。
特集、とはいってもキャスターもコメンテイターもブリタニア人なので、黒の騎士団の行動の無意味さとかそんな感じの批判ばかりだったけれど。
「なぁ、お前はもし俺がゼロだったらどうする?」
「黒の騎士団総帥の?」
「この会話の流れでそれ以外の何がある」
これまた唐突な問いかけに、僕は今度こそ本当に首をかしげた。それでも視線は書類から上げない。だって、ルルーシュの視線も僕を向いてはいないから。
「そうだね。じゃあ、逆に質問するけど、君は僕が人殺しだったら、どうする?」
「質問に質問で返すのは感心しないな」
「そういわないでよ」
「第一、なぜ人殺しなんだ」
それはそうだ。ルルーシュは「俺がゼロだったら」と聞いてきたのだから、僕だって「僕がゼロだったら」と返せばいいはずなのに。深い考えなどせずに、僕の口からはぽろりとその言葉がこぼれた。
最もなルルーシュの疑問に僕はますます首を傾げるけれど、無意識で漏れた台詞だけに答えは出ない。
「もしかしたら、記憶をなくす前は人殺しだったのかも」
「くだらない冗談はよせ」
「酷いなぁ。結構本気だったのに」
なにしろ僕には記憶がないのだから、記憶を失う前までの僕が何をして板の可など分からない。もしかしたらテロリストだったかもしれないし、それこそ人殺しで国際手配されていたかもしれない。
考えれば考えるほどネガティブになる僕に、釘を刺したのはルルーシュだった。
「それはありえない仮説だ。安心しろ」
「ありがとう、ルルーシュ」
きっぱり断言されて、内心ほっと息を吐く。誰かに否定してもらえるというのは、とても安心する。
脱線した話に軌道修正を書けたのはルルーシュだった。
「で、結局お前の答えは?」
「ルルーシュの答え、聞いてない」
答えをはぐらかすわけではないが、聞いてないものは聞いてない。ルルーシュが答えてくれるまで答えない。そんな気持ちで言えば、ルルーシュも察したらしく少しだけ間をおいて僕の質問への答えを返した。
「……俺は、お前がお前として存在するならそれでいい」
「それは、僕が人殺しの殺人鬼でも、今の僕の性格ならいいってこと?」
「まぁ、そうなるな」
それはどうなんだろう。仮に本当に僕が殺人鬼で、それが殺戮を快楽にしているような部類だったら、ルルーシュは大分危ないと思うけど。
素直に喜べずに唸る僕に、ふっとルルーシュが吐息で笑った気配がした。
「大丈夫だ、お前は人殺しに喜びを見出すタイプじゃない。そうしなければならない状況に追い詰められて、極限の選択を迫られて、それでも、誰かを守るためでなければ刃を持たない人間だ。自分ひとりのためならば、己が殺されるのを選ぶタイプだ」
「……ルルーシュ、それは僕を高く買いすぎだ」
「俺の評価は間違ったことはない」
やけに自信満々にルルーシュが言い切るものだから、僕はつい噴出してしまった。くすくすと笑いながら肩を揺らしていると、ルルーシュが「俺は答えたぞ」と言ってくる。確かに、答えてもらったんだから僕も答えるべきだ。
「僕もルルーシュと同じかな」
そこで書類から視線を上げると、じっとこちらを見つめてくるルルーシュの視線と交わった。その眼差しが真っ直ぐで少しだけルルーシュの様子は緊張していて、僕はふわりと微笑んだ。
「きみのまま、すきだよ」
君が君のままならば、僕は変わらず君のことが好きだよ。
普段は白いルルーシュの顔が一気に朱に染まって、僕は首を傾げてしまった。
二人の関係はライ←ルルーシュ。
ギアス編でも黒の騎士団編でもブルームーン編でも、軍人編(ゼロと敵対関係)以外ならどれでも適用可。
2009/11/22