はっぴーえんど(気まぐれに10のお題)
鮮血の花が咲く。鮮やか過ぎる紅。鮮明すぎる赤。
血しぶきが舞い散り、大地を赤く染めていく。
耳を劈く悲鳴は「やめてくれ」「いたい」「たすけて」と悲痛な声を上げる。それにかまわず、脅威を振るうのはブリタニアのナイトメアフレーム。銃を乱射して、抵抗するすべを持たない日本人を虐殺していく。
殺されているのは、テロリストではない。黒の騎士団でもない。本当に、何の変哲もない一般市民。どうして彼らが一方的に殺されているのだ。イレブンだから?被支配者だから?それは、この惨劇の理由と成り得るのか。
目の前に広がる光景に呆然と佇む僕の耳を、軽やかな声が叩いた。聞き覚えのある声に、はっと我に返る。
「日本人は皆殺しです!」
綺麗な笑みを浮かべて、無邪気に言い放つ少女。ブリタニア第三王女ユーフェミア・リ・ブリタニア。慈愛の王女と呼ばれた彼女の式典用のピンク色のドレスは裾が破け、返り血だろう赤く染まっていた。頬にも血がついていて、彼女の瞳は、紅い。
「……ギアス」
ぽつりと呟いた僕の声は、銃の乱射される喧騒の中に消えていく。目の前を銃を持ったユーフェリミア様が走り去って、そこでようやく僕はここが、行政特区日本の式典会場だと理解した。
大勢の日本人が座っていた式典会場には、物言わぬ骸の山が築かれている。そのどれもが、大量の血を流し、中には瀕死で生きているものもいるのか苦しみに満ちた呻き声が聞こえてくる。
「な、ん……で」
行政特区日本は、成立したはずだ。ゼロはユーフェミア様の手をとり、二人は志を同じくした。
日本は、一部分だけだけど日本人の手に帰ってきた。
確かに、行政特区日本の成立の際、式典会場で暴走したゼロのギアスがユーフェミア様にかかり、彼女は虐殺を叫んだ。
けれどそれは、僕のギアスの上書きによって消えたはずだ。僕はその際に銃弾を受けて、未だに療養中だけれど、ゼロが言っていた。「行政特区日本は成立した」と。
ギアスにかかっていた間、記憶は消えるからユーフェミア様に僕を撃った記憶はないけれど、目の前で血塗れでくずおれた僕に、思うところはあったのだろう。ゼロの案内で(とはいえスザクが護衛についていたが)ユーフェミア様直々に見舞いにこられたこともある。
だから、おかしい。目の前で殺戮を楽しむブリタニアの兵士たちも、血塗れで逃げ惑う日本人も、楽しげに銃を乱射するユーフェミア様も、有り得ないのだ。
そう思うのに、目の前では次々に日本人が殺されていく。もう手遅れなのは明白で、けれどそれでも、何もしないという選択肢は僕にはない。
「もう一度、ギアスをかければ……!」
なにが起こっているのかわからないが、ユーフェミア様を止めなければ。ユーフェミア様を追いかけて走り出そうとした僕の耳朶を、これも聴きなれた声が叩いた。
「止めろ!ユフィ!!」
血を吐くような、全身全霊での叫び。それは、ゼロのものに違いなく。マスク越しに変声期を使っているとはいえ、それは悲痛な訴えだった。思わず振り返った僕の背後で、ゼロは日本人に縋られていた。
ゼロに縋る日本人が、何を言ったのかまでは分からない。それでも、その言葉を聞いた後崩れ折れた老婆を前に、ゼロの雰囲気が変わったことだけは分かった。
(ダメだ!)
そう思った。ゼロを止めなければいけない。彼を進ませてはいけない。ユーフェミア様を追いかけるためだった足はゼロを止めようと走り出す。けれど、ゼロに届く前に、風景は一変した。
ゼロとユーフェミア様が対峙している。ユーフェミア様の格好は、先ほどよりも酷くなって、ドレスの原型もない。鮮血に染まり、ライフルを持つその姿には、慈愛の皇女と謳われた面影など皆無だ。
ゼロがゆっくりと腕を上げる。その手に握られているのは、黒光りする銃だ。
僕が何か発するより早くゼロの銃が火を噴いた。
「っ」
息を呑む僕の前で、撃たれたユーフェミア様がゆっくりと倒れる。そしてまた、景色は変わった。
神根島の遺跡の中、スザクとルルーシュが対峙していた。
「お前は!ユフィを殺したっ!!」
憎悪で表情を歪ませたスザクが、銃をルルーシュに向ける。その腕はがたがたと震えていて、憎しみの強さを知らしめる。ゼロの仮面は割れて、額から一筋血を流したルルーシュは、スザクの憎しみを表情を変えることなく受け止めていた。
ああ、ユーフェミア様は死んだのだと、僕は悟った。スザクを止めようと、あれはルルーシュの本意ではないと、伝えるために駆け出そうとして、足が動かないことに気づいた。いくら力をいれようとも、びくりとも身体は動かない。
たとえ僕が幾千幾万の理由を述べたところで、説得を試みたところで、スザクの憎しみが変わるとは思えない。それでも僕は、伝えなければ生らない。僕の知る行政特区日本の成立した日。僕の目覚めを待っていたルルーシュが、よかった、よかったと、涙ながらに訴えたこと。心底自分の言動を悔いていたこと。自分を責め続けていたことを。
けれど、僕の思い反してスザクの慟哭のような絶叫は止まらない。そしてとうとう、スザクはルルーシュにとって最も禁忌とも言える言葉を発した。
「お前の存在が間違っていたんだ!!」
ユーフェミア様の死が、スザクを変えた。親友の存在を、否定するほどに。
激昂したルルーシュも銃を構える。ばさり、とマントが靡いた。
お互いを満たすのは憎しみだけ。憎悪と嫌悪が親友だった相手に凶器を向けさせる。そして、二人の銃が火を噴いた。
華々しいパレードが行われている。壮麗な飾りつけを施された車がとおりの真ん中を堂々と走行する。けれど、綺麗な飾りに反して、同時に走る車に縛り付けられているのは拘束服を纏った人々。
黒の騎士団の、面々。中にはカレンや扇さん藤堂さんの姿もあって。どういうことだ、と僕は目を見開く。
先ほどまでの光景が光景だったから、慌ててきょろきょろと辺りを見回すが、そこにあるのは租界の綺麗な町並だ。遺跡の茶色い壁など一切ない。理解しきれない僕の前には、沢山の人垣。
耳に入ってくる単語から「皇帝陛下のパレード」ということはわかった。だけど、おかしい。皇帝のパレードなら、もっと人々に活気があるはずだ。皇帝を褒め称える言葉が溢れているはずだ。なのに、こそこそと聞こえてくる声は、皇帝を否定するようなものばかり。
わけがわからないまま、眉をひそめていると突然とおりが騒がしくなった。つられて視線を移せば、道路の真ん中、走行を妨げるようにゼロがいた。
「ゼロ?!」
思わず叫んで身を乗り出す。ゼロは、中身がルルーシュだとは思えない反射神経と運動能力で、ナイトメアフレームの攻撃を次々と避けていく。あれはだれだ。ルルーシュでは、ない。
あの、動きは。
「……スザク!」
間違いない、スザクだ。あんな動きを体力も運動能力も平均以下と名高いルルーシュができるはずがないし、普通に訓練したって出来るものではない。第一、あの分析すれば一定の法則性がでてくる動きには見覚えがある。スザクが、ナイトメアフレームを操るのと同じ動きだ。
けれどなぜ、スザクがゼロの衣装を纏っているのか。ますます混乱した頭でスザクの動きを追っていると、スザクが親衛隊を退けて車の上に上った。そこに、いたのは。
「るるー、しゅ」
今迄で一番の驚愕が僕を支配する。白を貴重に金で縁取られた豪奢な服を纏っているのは、見間違えるはずがない、ルルーシュで。あの場所には、ルルーシュ一人しかいない。ならば、皇帝陛下とはルルーシュのことなのか。そういえば、先ほど第九十九代唯一皇帝と、シャルル皇帝は九十八代だから、じゃあ、ルルーシュが。
スザクであるゼロが、ルルーシュに剣を向けた。僕が静止の悲鳴を上げたその直後、スザクの振りかざした剣がルルーシュの胸元を貫いた。
「っ!!!」
声にならない絶叫を上げて、我武者羅に手を伸ばす僕の前でルルーシュが倒れて転がる。僕の手はいくら伸ばそうと距離的に届かない。それでも必死に手を伸ばす僕の視線の先で、ナナリーに手を握られたルルーシュが、淡く、微笑んだ。
『優しい、世界の為に』
それが誰の声であったのか、僕には分からない。
「……い、……ら……ライっ!」
大きな声で名前を呼ばれて、僕ははっと目を覚ました。視界に移りこむのは、真っ白な天井と心配そうに眉を寄せて僕を覗き込むルルーシュ。少し視線を横にずらせば、窓からは見慣れた町並みが見える。僕の記憶が正しければ、ここは行政特区日本の中にある医療施設の一室だ。傷が全快していない僕は、ゼロであるルルーシュによって強制的にここに入院させられたから。
ぼう、としていると傍でため息が聞こえた。
「冷や汗をかいて苦しそうにしているから何事かと思ったぞ……心臓が冷えた」
ベッド脇の椅子に座りこんだルルーシュを再度認識して、僕は勢いよく起き上がった。
「ライ!お前、なにしてるんだ。まだ絶対安静―」
「ルルーシュ!!」
あまりに勢いがよすぎて、驚き目を見開いたルルーシュの非難がとんでくるが知ったことではない。僕は上半身を起こした上体でルルーシュのほうをむき、肩を掴む。
「っ」
力加減など忘れて思いっきり掴んだせいか、ルルーシュが苦しそうな声を上げたが、それは僕の耳には届かない。がっしりとルルーシュの肩を掴んで、そこにいることに安心して、けれどすぐにはっとした。
「傷!胸!!」
「は?」
「みせてっ!」
剣で深々と胸を貫かれていた光景が脳裏をちらついて、僕はわめくように叫ぶと、怪訝そうに眉を寄せるルルーシュを無視して、マントを脱いだ状態のゼロの衣装に手をかけた。
そのまま脱がせようとして、慌てたルルーシュが抵抗してくる。
「なっ、ライなにをしている!落ち着けっ!」
「いいから!はやく脱いで!!」
僕を止めようと手を伸ばしてくるルルーシュの妨害を巧みに避けて、僕はゼロの衣装の前を肌蹴させることに成功した。服に隠されていない胸元に、剣で刺されたような傷はなくて、それどころか白い肌には傷一つない。そっとなぞっても、ルルーシュがぴくりと肩を揺らしたことを覗けば、痛がる様子はないし、違和感もなかった。
安心してほっと息を吐き出す。
「よかった……」
「ライ!何なんだいきなりっ!」
安堵に肩をおろした僕とは対照的に、強制的にしかも突然脱がされたルルーシュは怒り心頭だ。顔を真っ赤にして激昂しているが、それすら今の僕には安心材料。
服なんかそのままに、思いっきりルルーシュに抱きついた。
「ライ?!」
「よかった、本当に、よかった」
ぎゅうぎゅうと一部の隙もないくらい抱きしめて、僕はルルーシュの肩に顔をうずめる。ルルーシュの身体は温かくて、ちゃんと心臓の鼓動も聞こえた。大丈夫、ルルーシュは死んでいない。
僕の様子に、さすがにおかしいと思ったのだろう。戸惑う雰囲気を見せながらも、ルルーシュはそっと僕の背中に手を回した。それが嬉しくてたまらなくて、僕の視界に涙が滲む。
「……君にとって、行政特区日本は目的を妨げる障害でしかないかもしれない」
ブリタニアを壊すという、ルルーシュの目的、それに行政特区日本は邪魔なだけだ。
ルルーシュを抱きしめたまま、話し出した僕の声は少しくぐもっていて聞こえにくい。それでもルルーシュはなにをいうこともなく、僕を抱きしめ返し、落ち着かせるために頭を撫でてくれる。
だから、僕は気にせずに言葉を続けた。
「でも、それでもね、僕は、君が僕の傍にいてくれて、笑ってくれる今が、たまらなく幸せなんだよ」
世界はちっとも優しくなくて、相変わらず弱肉強食で。
行政特区日本は、小さな小さな存在だ。
けれど、だからこそ。
「この世界は、僕にとってのハッピーエンドだ」
あまりに大きすぎる望みは、全てを失ってしまうから。
僕は僕の両手で守れるだけの人を守れる、この現状に甘えていたい。
夢に見たあの世界はきっと、僕がいなかった、あるいは目覚めなかった、この世界のもう一つの形なのだろうと、そう思うと、僕は涙が溢れて止まらなかった。
君が笑っていられない世界など、それこそ存在する価値などないのだから!
相方に「ネターお題ーよこせー」とメールしたところ、かえってきた10のお題。
つゆりからのメールには「ルルライでお題頂戴!」とあったはずなのに「ルルライ要素どこ?」ってきょろきょろしたくなるガン無視っぷり(笑)
しかもお題総括のタイトルからしてルルライではない。でも、そんな相方が大好きなんだぜ!
そんなわけで、このお題作成は相方霧島真琴さんなので、ここから持っていったりはしないでください。
使いたい方は、つゆりにご一報いただければ大丈夫だとは思うのですが。
2009/11/21