十年前とはまったく違う、でもどこか同じ雰囲気で僕は貴方と笑いあう




「はい、できた!」
「ありがとうございます」

痛みは一瞬で、ミレイさんの笑顔と共にピアスホールの開けられた右耳に触ろうとして慌てたミレイさんに止められた。

「いきなり手で触ったりしないの!雑菌が入って化膿するでしょう!まずは消毒、そして穴が完全に開くまでピアスは外しちゃダメよ?あと、毎日消毒を忘れないで。膿んだら色々大変なんだから」
「わかりました」

こっくりと頷いて、ポケットからピアスの入った小箱を取り出す。ミレイさんに鏡を借りて、四苦八苦しながらもなんとか自分でつけることに成功した。
右耳で揺れるピアスは、僕の髪の色とは正反対で、酷く目立つ。でもそれが嬉しくて、満足気に微笑んだ僕の横で、ミレイさんは優しげな、でも少しだけ悲しそうな複雑な笑みを浮かべていた。
ミレイさんのことだから、このピアスの意味にだって気づいているに違いない。なにしろ、学園で一番に僕たちの関係に気づいたのはミレイさんだったから。
それでもなにもいわないミレイさんの優しさに甘えて、僕は椅子から立ち上がった。

「お世話になりました」
「もう行くの?」
「色々と、準備があるから」

まずはIDを手配しなければならない。まぁ、そこらへんはあてがあるのでなんとかなるだろう。名残惜しそうなミレイさんに別れの挨拶を告げようとすると、突然、髪の毛をぐいっと引っ張られた。

「いっ」
「ちょっとなによこの髪!ばさばさじゃないっ。トリートメントどころか、シャンプーすらろくにしてないわね!」
「え、あの」
「しかもただ伸ばしてるだけ?!もっとちゃんと切りなさいよ!折角の美形が台無しじゃない!!」
「や、でも」
「服も!白いロングコートに白いズボン。全身白ずくめなんて、どこのホストよっ。いかがわしい夜の街で大人のお姉さんに誘惑されても知らないわよ!あんたのことだから、わけも分からずついていって、一夜の間違いを起こしちゃうんだから!」
「ちょ、まって!」

ミレイさんが怒涛の勢いで話している間にも、僕の髪の毛はぐいぐいと引っ張られていて、とうとう僕は痛みに耐えかねて悲鳴のような静止を発した。そこでようやく、熱弁に夢中で僕の髪を掴んだままだったと気づいたらしいミレイさんが、僕の髪を離してくれた。
ひりひりする頭皮を撫でて涙目になっていると、ガッツポーズを決めたミレイさんが視界に移る。……なんか、色々とデジャブするのだけど。

「よーし、ミレイさんがライを華麗に変身させてあげるわ!」

ガーッツ!!と懐かしい言葉を叫んで、拳を振り上げたミレイさんに、十年前同様拒否と言う道はなさそうだと僕はため息を吐き出した。でも、少しだけ、心のどこかで楽しんでいる僕がいたのは内緒だ。
世界の為に、ルルーシュの為に、生きると決めた僕が、日常生活を楽しむことに正直抵抗があった。でも、抵抗以上に拒否することで楽しそうなミレイさんを悲しませてしまう方が嫌で、苦笑しながらも引っ張られるままミレイさんについていった(そしてなによりも、僕が笑顔でいるほうがルルーシュは安心するだろうから)





最初に美容室に連れて行かれて、適当に自分で切っていた髪を綺麗に切りそろえられた。その際、髪型を聞かれたときには、僕がなにかをいうより早くミレイさんが「襟足は出来るだけ今の長さで、あとは全体的にすっきりさせてください。前髪は、今より少し短めで毛先を整える程度で。この子くせっ毛なので、全体的に髪が跳ねると思いますけど、それも魅力だからあえてそのままで!」と、一体どこの母親だと思うような台詞を言ってのけた。
29歳にもなって、保護者同伴の美容室。流石に少し恥ずかしかったけれど、うきうきと楽しそうなミレイさんを見ていれば、そんなことはどうでも良くなった。
僕の髪の毛の痛み具合に、ミレイさん同様「もったいない」と繰り返した美容師さんに毎日トリートメントと髪の美容液をつけることを約束させられもした。

すっきりとした頭で次に連れて行かれたのはカジュアルな洋服屋さん。
十年前、ことあるごとに女装させられ遊ばれていた経験があるので(感情が希薄だったその頃は特に恥ずかしいと言う意識もなかったのだけれど)少し心配していたのだが、ちゃんとした男性専門店に連れて行かれたことで杞憂に終わった。
そのとき、ミレイさんが心底悔しそうな表情で「……今のライに女装は無理よね……いやでも、長身のモデル設定だったら意外と……!」などとぶつぶつ呟いていたことは、気づかなかった振りをしておこうと思う。お願いだから、変な気の迷いは起こさないで欲しい。学生時代ならいざ知らず、29の男が女装なんて、自分も回りも目の毒だ。
その店で、散々着せ替え人形にされた挙句、購入したのはダメージジーンズと黒のズボンにTシャツ数枚と、僕の知らない名称の服、その他諸々。主にミレイさんの趣味だ。
当たり前のようにお金を出そうとするミレイさんをとめて、僕はこの十年季節はずれのサンタさんが毎回同封してくれていたのに一切手をつけていなかったせいで随分たまったお金で支払った。そのうちこのお金もちゃんと返しに行かなければいけない。
さらに、僕はその店で洋服を着替えさせられた。どうも今まで僕が来ていた服はミレイさんのお気に召さなかったらしい。ミレイさんが満面の笑みで渡してきた服は、正直僕に似合うとも思えなかったのだが、ミレイさんの手前断ることも出来ず、服なんて結局着れれば一緒だろうと割り切った。

「お腹すいたわねー」
「いわれてみれば、確かに」

ミレイさんを僕が尋ねたのが、午前九時前。それから、ミレイさんの家にお邪魔して、髪を切って、服を買って、と色々動き回ったから、気づけばすでに午後の三時だ。意識した途端に、ぐぅ、と音を立てるお腹によほど時間を忘れて楽しんでいたのだと気づく。

「お昼には遅いけど、このまま夕食まで待つのも嫌ね」
「どこかで食べようか?」

学生時代、ミレイさんに対しては敬語を使っていたから再会してからも敬語だったのだけれど、ミレイさん自身に「学生時代ならいざ知らず、二十代後半に一歳の年の差なんてささいなものよ!というわけで、今から敬語禁止、大決定!破ったら罰ゲームよ!」と宣言されてしまったので、僕の口調はルルーシュやC.C.に対したときとかわらないものになっている。

「んー、この時間だとランチタイムも終わってるでしょうし……よし、あそこにしよう!」
「?」
「ミレイさんお勧めのお店に連れて行ってあげるわ」

ウィンクを飛ばすミレイさんに笑みを浮かべて、ミレイさんお勧めだと言うお店に付いていった。





「すごい……」
「ここ、日本料理の専門店なの。なんでも美味しいわよ」

案内されたのは、純日本風の料亭。庭にはししおどしがあって、風流な音を立てている。建物の中も、趣があって床に使われた木材の木の模様が美しい。
感心しながら、促されるままに座敷につく。

「でも、ここ高くないですか?」
「あー!敬語禁止っていったじゃないっ」
「ミレイさん、無理ですよ」

急に変えるのは難しい。やはり慣れた言葉遣いは口からぽろりと出てしまうし、相手がミレイさんならなおさらだ。苦笑する僕に頬を膨らませたミレイさんは、罰よ!と指をさした。

「ここの代金はライもちねっ」
「ああ、それなら、言われる前からそのつもりだったよ。今日のお礼に、おごらせてくれ」

とはいっても、自分で稼いだお金ではないので少し後ろめたいのだが。心の中で苦笑しつつ、表情は笑みをたもっていると、ミレイさんが急にそっぽを向いた。

「ミレイさん?」
「〜〜っ。ライもルルーシュも、そういうとこがずるいのよ!」

視線を合わそうとしてくれないミレイさんの頬は心なしか赤くて、僕は首を傾げる。なにかしただろうかと、考えこむが特に思いつかない。かといって、このままの状態もどうだろうと思うので、手っ取り早く話題を変えることにした。

「テレビ局って意外と危ないところだね」
「襲われたの?!」

以外にも僕の言葉に血相を変えて食いついてきたミレイさんにきょとん、とする。驚く僕の反応に、違うということを悟ったらしいミレイさんは大きく息を吐き出した。

「もう、驚かさないでちょうだい」
「すみません……?」
「で、なにがあったの?」

よくわからないまま謝る僕に、ミレイさんが尋ね返す。先ほどの言葉の補足を求められて、僕はミレイさんに会う前、警備員の対応のことを話した。

「あれだと、ミーハーなおっかけとか、簡単に入ってしまうんじゃないかと思って」
「あー……、普段は、そんなことはないのよ」
「新人だったってこと?」

僕の言葉に、なんと説明すればいいのか迷っている様子のミレイさん。あーとかうーとか頭を抱えて、最終的に「十年たっても自覚なしなのね」と呟いた。意味が分からない。

「まぁ、簡単に言うなら、ライのことを芸能人と勘違いしたのね」
「どうして?」

僕はテレビにでたこともなければ、芸能人と名乗ったこともない。僕に似た芸能人でもいるのだろうか?ことりと首をかしげる僕に苦笑したミレイさんは肩をすくめた。

「そのうちわかるわ」

その言葉に、僕はやっぱり首を傾げるばかりだった。



2009年11月13日
ミレイさんお勧めと言うだけあって、料亭のご飯はとても美味しかった。ブリタニア本国にあって、日本食を提供しているなんて、十年で世界はすごく変わったと実感させられる。
……ミレイさんが、僕を料亭に連れてきたのは、もしかしたらそれが狙いなのかもしれない。
ともかく、色々と雑談をしながら遅い昼食を終えて(リヴァルの失敗話が主だった。ミレイさんを追いかけてテレビ局に入社したのはリヴァルからの手紙で知っていたけれど、僕に送られてきてた手紙の内容とミレイさんの話す内容は随分と差がある。恐らく、リヴァルは見栄を張っていて、ミレイさんは話を面白おかしくするために多少脚色しているのだろう)今度はミレイさんが買いたいものがあるからとショッピングモールを歩き回った。
あれこれ二人でお店を冷やかして回って、気になるものは手にとって。ここでも少し服を買い足した。まだ住む場所が決まっていない僕には、服なんて枚数があっても邪魔になるだけなのだが、ミレイさんに進言したところあっさりと「なら住む場所が決まるまで私が預かるわよ」と言われてしまった。さらに「今買わなくちゃ、一人だとあれこれ理由つけて、ずっと買わないまま放っておくでしょ」と言われてしまえば反論の余地などなかった。
楽しい時間はあっと言う間に過ぎさり、気がつけばあたりは真っ暗。
ミレイさんをマンションの自宅まで送り届けて、僕は名残惜しそうにするミレイさんに今度こそ別れを告げていた。

「今日はありがとう、すごく楽しかった」
「私も楽しかったわ。……晩御飯、本当に食べていかなくていいの?」
「お昼ご飯が遅かったし、まだ行かないといけない場所があるから」
「そう」

肩を落としたミレイさんには悪いとは思うけれど、これ以上は時間的に無理だ。逆転した身長差でミレイさんを見下ろして淡く微笑むと、ミレイさんが突然ぎゅうと抱きついてきた。

「ミレイさん?」

僕の背中に両腕を回して、全力で抱きついている。ミレイさんの力だと、あまり痛くはない。相変わらずのミレイさんの唐突な行動に、首をかしげると僕に抱きついて顔をうずめたままミレイさんは少しくぐもった声で言った。

「……連絡、ちゃんとしなさいよ」
「はい」
「ご飯、きちんと食べるのよ」
「はい」
「髪の毛、毎日洗ってケアもしなさいよ」
「はい」

こくりと頷いた僕は、あいていた右手でそっとミレイさんの頭を撫でた。十年前、ミレイさんに撫でられることは多かったけれど、ミレイさんを撫でる日がくるとは思っていなかった。
ぴくり、肩を揺らしたミレイさんは勢いよく顔を上げて睨み付けるようにして言い放った。

「手紙、だすからね。メールも、電話も。だから、住所と携帯番号とメルアド教えなさい」
「住む場所が決まって、携帯を買ったら連絡します」

ふわりと微笑めば、ミレイさんは「絶対よ!」と念を押す。もう一度「はい」と返事をすれば、ようやく納得したのか僕から離れた。離れ際に、僕になにかの包みを押し付けて。

「?」
「プレゼントよ」
「開けてもいい?」

問いかければこくりとミレイさんが頷いたので、僕は青いリボンに包まれた包装を丁寧に解いた。中から出てきたのは、銀色に光る縦に細長い髪留め。装飾に細かい細工がしてあって、彫られた蔦の模様が繊細で綺麗だ。

「たいしたものじゃないけど、あったほうが便利でしょ?」

自身の髪を指差してみせたミレイさんからのサプライズプレゼントは、今の僕にしてみればなにより嬉しい。邪魔だからと、美容室に連れて行かれるまで適当な紐で適当に結んでいた髪は、切りそろえられてさっぱりしていて、それでもやっぱり長くて邪魔だった。
それまで髪を止めていたのは、そこらに落ちていそうなほどに本気で適当なものだったから、髪留めを買わないといけないと思っていたのだ。僕自身頓着することはないが、対外的に見てあんまりだろうから。

「ライ、自分で髪留め買ってたけどただの黒ゴムだもの。それじゃあ勿体ないわ」
「あまりものに拘らないから」
「拘らなさすぎよ」

変わってないわねぇ、と笑うミレイさんに僕も笑みを零す。ミレイさんは一緒にいると安心できて、すごく温かくて、太陽のようだ。そんなことを考えながら、貰ったばかりの髪留めを許可を貰って早速つけてみた。
「似合うわ」と微笑んだミレイさんがとても満足そうで、僕は、一瞬だけ、その笑みにルルーシュを重ねてしまった(ピアスをつけた僕を見たら、ルルーシュはそういって笑ってくれるだろうか)
僕の心境に気づいているのかいないのか、一歩距離を置いて、それでも近い距離でミレイさんは笑う。

「ライ、精一杯、生きなさい」
「っ」

普段からは考えられないほど、とてもとても穏やかに笑って、瞠目する僕にミレイさんは続ける。

「一生懸命あがいて、生きて生きて生き抜いて、最後は、笑って死になさい」

す、と伸ばされた掌。逃げることなく立ち尽くしていると、その掌は僕の左頬に当てられた。柔らかな掌が、僕の頬をゆっくりとなぞっていく。

「ライ、応援してるわ」

ちゅ、とリップ音を立てて掌のぬくもりがある左頬とは反対の右頬に柔らかい感触がする。驚きに今まで以上に目を見開く僕に、十年前よく見ていた強気な笑みと先ほど浮かべて見せた穏やかな笑みを混在させてミレイさんはにっこりと笑うとくるりと踵を返した。

「じゃあね!また会いましょう!!」

ひらひらとスカートを翻して消えていったミレイさんを呼び止めることは出来なかった。







2009/11/16