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新しいスタートライン。どこまでも臆病な僕が走り出すには、十年前と同じ貴方の力が必要だった.




十年ぶりの人ごみは、何もかもが新鮮だった。やっぱり今まで僕がいた場所に比べれば空気は淀んでいたけれど、真新しい建物には興味を引かれる。十年の間に建築方式も多少なりともかわったようで、十年前東京租界で目にしていた建物とは全体的に印象が異なった。
世界規模のコンビニやファーストフードのチェーン店も店のロゴはそのままだが外装が全然違って、気づいたときには驚いたものだ。
そしてなによりも、人の中にいることに緊張する。十年の引きこもりは伊達ではなくて、無意識のうちに気を張り詰めてしまう。目的地に到達する前に、緊張のせいで倒れてしまいそうだ。
そんな間抜けをするわけにもいかないので、僕は一生懸命足を動かして、ようやく目的地にたどり着いた。

「……大きい」

ぽつりと呟いた声は、雑多な町の音にまぎれて誰の耳に届くこともなく消えていった。と、思いたい。誰かに聞かれていたら田舎者丸出しで恥ずかしい。
ともかく僕は、目の前に聳え立つ大きなビルを前にぱちぱちと目を瞬いた。
上着のポケットからメモを取り出して、そこに書かれた名前とビルの前の看板に書かれている名前が同じであることを確認する。
何十階建てなのか、数えるのも億劫なほど大きいそのビルに入っている会社は一つだけ。
『ブリタニア国営放送局』だ。
さすがテレビ会社だけあって、ビルの前には警備員がいて関係のないものが入り込まないようにしている。ギアスがない僕は警備員を丸め込むことは出来ないし、十年引きこもりをしてた僕には、それ以前の経歴を含めてIDすらない。そんな僕が、テレビ局に入れるのか。はっきりいって無理だろう。
それでも僕は、ここに用事があるので入るしかない。とりあえず正面から堂々といって、止められたら、その時はそのときでまた何か考えよう。忍び込めないようなら、ずっとここにいて適当に人を捕まえればいい。
楽観的な考えで足を進めた僕は、しかし予想に反してあっさりと入り口をくぐることが出来た。
警備員に進路を阻まれることも、呼び止められることもない。それどころか。

「お疲れ様です!」
「あ、はい。お疲れ様です」

元気よく挨拶なんてされるものだから、反射的にぺこりとお辞儀してしまった。

(……これでいいのか、テレビ局)

第一関門をあっさり突破してしまったことに拍子抜けしつつ、僕は人を探して視線をさまよわせた。










「こちらです」
「ありがとうございます」

案内してくれた女性の言葉に、微笑んでお礼を言えば、なぜか彼女は頬を赤くしてぼう、と僕を見つめてきた。僕に用事でもあるのか、いやであったばかりだからそれはないだろう。なら、僕の顔に何か付いているのか。思わず右手でぺたぺた自分の顔を触ってしまうが、異物感はない。
なんだろう、と首を傾げつつも、僕は早く目的の人に会いたくて彼女をそのままに、きょろきょろと周りを見回す。
連れてこられたのはスタジオの一つで、奥にはテレビ越しにみるのだろうニュース番組のセットが置かれ、周囲には様々な機材があった。
僕の探し人は、セットの前で数人で集まり手元の紙に視線を置きながらなにやら話しているようだ。打ち合わせなのだろう、その表情は遠目から見ても真剣で、僕ははやる心を抑えて終わるまで待っていようとした。
邪魔にならないように、壁際まで下がるべきか。僕が考えていると、ふいに、その人が視線を上げた。
なぜか真っ直ぐに僕に向けられた瞳。視線が交わって、太陽のようなきらめきを持つ黄金色の瞳が、大きく見開かれる。そのまま零れ落ちてしまうんじゃないかと、心配になってしまうほどだ。
ぱさり、彼女の持っていた紙が床に落ちて、彼女の唇が小さく震えながら、音にならない言葉を発する。口元は、確かに僕の名前を呼んだ。僕はそれが嬉しくて、にこりと笑って手を振る。
傍にいた人たちが何事かと驚いていたけれど、彼女はそんなことには歯牙にもかけず、一目散に僕に向かって走り出してきた。

「っ」

どん、と体当たりするように突っ込んできた身体。十年前とあまり変わっていない、細くてでもしなやかなで、温かい身体だ。十年前は、彼女の方が僅かに身長が高かったのに、今では僕のほうが頭一つほど高い。僕の胸元に縋りつく彼女の身体は小刻みに震えていて、僕はそっと頭を撫でた。

「……っ、ライ……!」

今度は声に出して僕の名前を呼んでくれたことに、ますます笑みを深めて、僕はぎゅうっと彼女を抱きしめた。

「久しぶりです、ミレイさん」










「でも、本当によかったんですか?仕事前だったんでしょう?」

ミレイさんに連れられてやってきた彼女の自室で、僕が淹れるのとは比べ物にならないほど美味しい紅茶を前に僕は戸惑い気味に尋ねた。
ミレイさんの突撃を受けた僕は、ミレイさんが落ち着くまでずっと彼女の好きにさせていた。抱きついて離れないミレイさんに周りの人は酷く驚いようで遠めに様子を伺っていた。暫く僕の胸の中で小刻みに震えていたミレイさんは、震えが止まるのと同時に、勢いよく僕から離れて恐らくは共演者だろう面々に向かってこれまた勢いよく頭を下げた。

『すみません!!今日は私、休ませてもらいます!』

疑問系ではなく断言したミレイさんに、他の人は呆気に取られていたのだが、彼らが我に帰る前にミレイさんはむんず、と僕の腕をつかんでスタジオを後にした。閉じられた扉の奥が、とても騒がしかった気がするのだけど、ミレイさんは全く気にすることなくそのままテレビ局すら出てきてしまったのだ。

「馬鹿いわないの!十年音信普通だった友達がきてるのに、どうして悠長にテレビになんかでれるのよ!!」
「僕は逃げませんよ?」
「逃げるわよっ」

断言されて、信用がないなぁ、と苦笑を零す。まぁ、十年行方不明だったのだからミレイさんの言い分は最もだろう。

「手紙、出しても返事は返ってこないし」
「すみません」
「住所も分からないから、会いにいけないし」
「すみません」

ミレイさんを始め、アッシュフォード学園で知り合ったみんなからの手紙はどういう経路をたどってか季節はずれのサンタさん経由だった。僕の住んでる場所を彼らに教えないため以前に、配達員が僕の家にやってくることのないように、という配慮だったのだろう。
ぶつぶつと文句を零すミレイさんにひたすら謝り倒す。なのに、僕の顔には笑みが浮かんでいて、これじゃあ本当に謝っていると思ってもらえないだろうな、と心の中で苦笑した。

「今まで、何してたのよ」
「……生きて、ました」

今度のミレイさんの問いかけには、少しだけ間をおいて考えた末に言葉を返した。僕の返答に、僅かに息をつめたミレイさんは悲しげに瞳を伏せて、そう、とだけ呟く。
ミレイさんは、きっとルルーシュの真意に気づいているのではないだろうか。全て、とはいかなくとも、うっすらとわかっているんじゃないのだろうか。ミレイさんは普段は騒がしくて騒々しい人だけど、人の心にはとても敏感だった。ルルーシュのことも、よくわかっていた。だから、きっと。
彼女は、分かっているのだろうと思う。

「ライ、貴方が来た理由、聞いていいかしら?私の顔がみたかったから、ではないわよね?」

それだけの理由じゃ、貴方来てくれないでしょ?
寂しげに笑うミレイさんに、申し訳なく思う。でも、ミレイさんに会いにきた理由は確かに違うから。僕はポケットから、ここに来る前に買ったものを取り出して、テーブルの上においた。

「ピアッサー?」

不思議そうに呟いたミレイさんに、こくりと頷く。

「十一年前、記憶を失っていた僕はアッシュフォード学園で、ミレイさんとルルーシュに拾われました」

唐突に語りだした僕を止めることなく、ミレイさんは真剣な面持ちで相槌を打つ。そのことに感謝しながら、僕は過去を振り返るように少しだけ目を細めて言葉を続けた。

「そのときの僕は、自分の名前、それも愛称しか覚えてなかった。感情も著しく欠落していました。でも、学園で暮らすうちに、生徒会のみんなと触れ合ううちに、僕は感情を取り戻した。みんなが僕の名前を呼んでくれるたびに、僕は嬉しくて笑みがこぼれた」

遠くて近い過去の記憶。僕の人生の中で、一番笑顔が溢れていた頃のこと。

「そうやって、僕は“感情”を覚えました。最初は白黒だった世界も、いつの間にか鮮やかになっていました」

冷たく無機質だった世界は、穏やかで明るいものになった。みんなが、僕を変えていった。

「そうやって、できた僕は、もうすでに、過去の僕とは全くの別人でした。生まれ変わった、といってもいいほどに」
「ライ、貴方……記憶が」
「はい。戻っています」

驚くミレイさんに、微笑を浮かべる。その笑みで、ミレイさんは僕の過去があまり明るいものではないのだと悟ったのだろう。問うことはせず、無言で先を促した。

「僕はまた、新たな人生を踏み出す決意をしました。だから、スタートはあの時と同じように、貴方の手を借りたい」

アッシュフォード学園が、全ての始まりだった。
ミレイさんとルルーシュに拾われなければ、ミレイさんが軍ではなく学園で僕を引き取ると言う選択をしなければ。
今の僕は存在しなくて、僕の中の大切な記憶も、全てはありえなかった。
ルルーシュと愛し合うことだってなかった。
だから、今一度、新しい人生を歩くことを決めた僕は、その始まりをミレイさんに求めた。

「迷惑だったら、断ってください」

でも、それは僕の押し付けでしかないから、ミレイさんの重荷になるようなら断ってくれてかまわなかった。真っ直ぐにミレイさんを見つめてそういえば、ミレイさんはふっと相好を崩した。そして、涙に潤んだ瞳で、立ち上がりテーブルから身を乗り出して僕の頭を撫でた。

「ほんとに、あんたもルルーシュも、頭はいいのに馬鹿よねぇ」

しみじみと、呟かれた言葉に不覚にも鼻の奥がつんとした。C.C.の前で大泣きして以来、涙腺が緩んでいるらしい。ふとした瞬間に、泣き出しそうになってしまう。

「どうして私が断るなんて思うのよ。ピアスを開ける。貴方の手を引く。そのくらい、このミレイさんにできないはずがないじゃない!」

だから、安心してどーんとまかせなさいっ!
胸を叩いて言い切ったミレイさんに、僕は泣き出しそうな顔で笑った。







2009/11/15