世界の為に生きられるほど立派な人間ではないから、君の愛した世界に君を映して、君の代わりと愛するために、生きていこう(それなら、僕は世界のために生きていると偽善をいえる)




「それで、お前はこれからどうするつもりだ?」

僕の為に、ルルーシュの為に生きていく。

そう決意した僕に、C.C.はにやりと不敵な笑みを浮かべていった。面白そうに目を細めて、僕の言動を伺っている。けれど、正直言って僕はC.C.の期待に応えることはできないだろう。
苦笑して、肩をすくめた。

「そうだね、パソコンでも買って、色んなところにハッキングして、世界を裏から牛耳ろうかな」

世界の不利益になるような不正を見つけて、それとなく軍にでも情報を流そうか。それとも、逆に軍の中にあるだろう不正の情報を適当に盗み出して、テレビ局に送りつけてみようか。
ああ、株などで流通を抑えて世界を裏から支配するのもいいかもしれない。一度でも株価を暴落させれば混乱は混乱を呼び、世界を思うままに操れるだろう。
そうやって、ルルーシュの目指した世界に反する勢力を潰していくのも一興だ。

口に出しているうちになんとなく楽しくなって、くすくすと笑いながら割りと本気でそういった僕にC.C.は楽しそうだった表情を呆れに変えた。

「お前、たちが悪いな」
「今更だよ」
「それもそうだったな。それにしても、どうして裏からなんだ?堂々と表の世界で君臨すればいいものを」

C.C.の問いに、僕は笑みを消す。眉を寄せて、諦めの表情を浮かべた。

「僕は、市井に混じって生きていくことは出来ない。知ってるだろう、C.C.」
「……ギアスか」
「ああ。僕はかつて、一度ギアスを暴走させている。この十年、人と話していないからどうかわからないが、それでも僕のギアスは強くなっているはずだ。それに、僕のギアスの媒体は聴覚。暴走すれば、被害はルルーシュと比べ物にならない」

ルルーシュのギアスの媒体は視覚。目を見なければギアスはかけらない。ルルーシュの目が視界に入らなければ、ギアスにはかからない。
対して、僕の媒体は聴覚だ。僕の声の届く範囲全てがギアスの範囲内。有効範囲の広さが違いすぎる。万一暴走したとき、僕の場合は洒落にならない被害が出る。
喉を潰してしまえばその心配は不要だろうが、声を失くして市井で生きていく、それも世界にかかわれる立場になることは難しいだろう。不可能ではないだろうが、それよりは裏で支配する方が手っ取り早い。
そう続けた僕に、C.C.は「そのことだが」と前置きをして口を開いた。

「お前は、自分自身にギアスをかけたことがあるか?」
「自分に?」
「ああ。ルルーシュはマオと対峙したときに、自分自身にギアスをかけた。お前たちのギアスは媒体こそ違うが絶対遵守だ。自身にかけることも可能だろう」
「……それは、僕も考えた」

ギアスの使用限度は、一人に付き一回。自分にかけられないということはない。
ギアスの暴走している僕が、ギアスを使わずこの先生きていこうと思うなら、コードを継承してギアスをなくす代わりに不老不死になるか、自身にギアスをかけてギアスを封じてしまうかの二択だ。
C.C.の示す後者の方法を、僕が考えなかったわけがない。けれど、それは不可能なのだ。なぜなら。

「無理だ。僕はすでに一度、自分にギアスをかけている」
「いつだ?」
「この時代から数えて数百年前。僕が眠りに付くときに」

目を伏せて思い出す。ギアスが暴走し、国民全てに「蛮族共を皆殺せ」と命じた。なにをおいても守りたかった妹と母も例外ではなく、ギアスにかかってその手を血に染めて死んでいった。
変わり果てた二人の亡骸を前に、絶望と、喪失に耐えられなくて、死にたがる僕を引き止めたのは“契約者”の存在。死ぬことは許さない、その言葉に僕の命はつながれた。けれど、それまでのように生きていくことは出来なくて。僕は、死なないことを前提に、覚めることのない眠りに付いた。

「それは、本当にギアスによるものか?」
「?」

C.C.の言葉に回想から引き戻されて、顔を上げる。視線の交わったC.C.は、真剣な表情で繰り返した。

「それは本当に、ギアスによるものなのか」
「な、にを」
「お前のギアスは絶対遵守。一度命令を下せば、背くことは決して許されない。どんなに強い意思がそこにあろうとも、例外などありはしない。まして、お前は自分で望んで眠りに付いた。ならば、なぜお前はこの時代に目覚めた」
「……っ」

C.C.の言葉に目を見開く。そうだ、僕は目覚めた。望んだわけではなく、強制的な目覚めだったけれど、僕はこの時代に眠りから覚めた。
遺跡から発見されて、研究所で研究体になった。今までは、そのせいだと思っていた。けれど、よくよく考えればおかしい。絶対遵守のギアス。永遠の眠りに尽きたいと僕が自身にギアスをかけたなら、たとえ死ぬほどの苦しみを与えられようと、殺してくれと懇願したくなるほどの痛みを与えられても、僕が目覚めることはなかったはずだ。
C.C.に指摘される今まで、どうして疑問に思わなかったのだろう。自然の摂理のように、僕は自身にギアスをかけて、眠り、研究体にされたショックで目覚めたと思い込んでいた。よくよく考えればそんなことありえないのに。
どういうことだと、眉間にしわを寄せる僕にC.C.は言い募る。

「思い出せ、ライ。お前の記憶、眠るために途切れるその瞬間を」
「……あのとき……」

真っ直ぐに僕を見つめるC.C.の瞳を見返す。深緑の瞳が揺れて、そこに僕は、僕の過去の光景を見た。










血塗れの、母と妹。充満する死の匂い。折れた剣や槍が地面に突き刺さり、死体から流れ出た血で大地は真っ赤に変色していた。踏み潰された草木に、遠くで炎が揺らめく。絶望と奈落。世界には死体しかなくて、僕以外の誰一人生きていないと錯覚するほどの、骸の山。
そんな中、全身を紅に染め上げた母と妹を前に慟哭する。喉が裂けんばかりに声を上げ、瞳から溢れる涙は、頬に付いた血のせいで赤くなっていた。赤い涙を流す僕の後ろには、誰かがいて。

『眠りなさい』

酷く、優しい声音で囁いた。

『少しの間、眠って休みなさい。君の悪夢は、ここで終わりです』

視界が陰る。目の前に掌が被せられて、世界が閉じる。甘い囁きは、耳元でつむがれ続けた。

『そしてもし、君が目覚めることがあるならば』

くすり、吐息で笑う気配がした。

『全てを、忘れてしまいなさい』










「ライ!」
「っ!」

焦りを含んだC.C.の声にはっと我に返る。肩をゆさぶられていたのか、C.C.の手は僕の型に置かれていた。それ以前に、いったいいつ正面に来ていたのか。全く気づかなかった。
ずきん。頭痛が走り、一気に重くなった頭を抱える。小さくうめき声を発して、僕は呟いた。

「思い出した……!」

過去において、僕は自分自身にギアスを使っていない。僕の眠りも、記憶喪失も、すべてはあの声の人物の仕業だ。あの声の持ち主、それは、僕の“契約者”。
僕を眠りにいざなったあのときに、きっとあの人は。僕が自身にギアスをかけたのだと錯覚させるよう僕に小細工をしたに違いない。
人を数百年と変わらぬ容姿のまま眠りに付かせ、さらには記憶をなくさせるような人物だ。その程度、造作もなかったことだろう。
舌打ちしたい衝動をこらえ、僕は胸が空っぽになるまで息を吐き出した。
C.C.はいつの間にか離れて、テーブルのふちに寄りかかっている。反対側に戻って椅子に座るつもりはないようだ。
先ほどよりは近くなった距離で、頭痛をやり過ごした僕はC.C.に向かって頷いた。

「僕は、自分にギアスをかけていない」
「やはりな」
「……かけていると、思い込まされていた」
「そうか」

これで一つ、問題はなくなった。
僕が自分にギアスをかけていないと判明したことで、僕はギアスを封じる手段を手に入れたのだ。

「ありがとう、C.C.。僕一人では、無理だった」
「礼には及ばん。それで、ギアスに縛られなくなるお前はどう生きる?」

C.C.が再び先ほどと同じ不敵な笑みを浮かべる。今度は僕も、ニヤリと人の悪い笑みで笑い返した。

「軍人になる」
「その心は?」
「世界はまだ不安定だ。ナナリーは皇帝となったけれど、帝国全てを掌握できているとは思えない。それに、ナナリーの政策は弱肉強食と教え込まれ育てられたブリタニア人の反感を買っているだろう。軍人ともなれば、なおさらだ。彼らは戦うことが仕事なのだから反発は必死。今はまだ、ルルーシュの残した政策のおかげで押さえられていても、じわじわと力をつけた軍人はいずれ国家転覆を図り、再びブリタニア帝国の栄華を夢見るはずだ。……軍内部から、潰すしかない」
「そのために、お前は職業軍人となる、か」
「やるからには、頂点だ。僕は軍全てを掌握する」

きっぱりと言い切った僕に、C.C.は笑みを深めた。瞳には面白がる色が濃く浮かんでいる。

「お前、本当に十年間引きこもっていた人間か?実は外の情報、つかんでいただろう」
「引きこもっていたのは本当だよ。外の情報も皆無だ。でも、予想は簡単だろう?」
「そこで『ああ』と応えられるのは、世界広しと言えどお前とルルーシュくらいだ」

シュナイゼル殿下あたりも出来そうだけどなぁ、とは思いつつも口には出さない。すごく楽しそうなC.C.につられ、僕も淡い笑みを浮かべた。簡単なことではないと分かっている。障害だって多いだろう。月日だってかかるに違いない。けれど、決して不可能とは思わない。
僕なら出来る、それは確かな自信と確信だ。

「では、そんな覚悟を決めたお前に、私からプレゼントだ」

ポケットから小箱を取り出したC.C.は、僕の前まで歩み寄るとそれを差し出した。なんだろう?と不思議に思いつつもなんとなく両手で受け取ると、C.C.は満足そうに微笑んだ。

「ルルーシュから、ライへ。十年間私が預かっていた」

その言葉にこぼれんばかりに目を見開いて、慌てて掌の上の小さな箱に視線を落とす。とても確りした作りに見えるその小箱は、アクセサリーを入れる箱のようだ。掌に伝わる感触はふわふわとしていて、真っ白な毛で表面が覆われている。
無駄な装飾の一切ない小箱を、恐る恐る開く。ごくりと息を飲み込んで、開いた小箱の中にあったのは。

アメジストのあしらわれた黒いピアス。

濃紫色のアメジストが存在感を放ち、周りには真紅のガーネットが散りばめられている。金属部分は光沢の押さえられた蒼黒だ。
さほど大きくはなく、シンプルでいて繊細な作り。片耳用なのか、ひとつしかないが、装飾品に詳しくはない僕でも一目で法外な値段がかかっているだろうと分かる。
そして、なによりも。
僕はこのピアスの形に、覚えがあった。

「ルルーシュ、の」

十年前、ゼロにつれられ対面を果たしたルルーシュ。変わり果てた姿は、それでも気品を漂わせ美しく、穏やかな表情は顔色さえ覗けば、本当に眠っているだけなんじゃないだろうかと思うほどだった。
そのルルーシュの、左耳で揺れていた見覚えのないピアス。
ルルーシュが、ピアスをしていたことに酷く驚いたから鮮明に覚えている。プラチナの台座に、中央には澄み渡った青空のようなブルーサファイアが配され、周りには光を受けてきらきらと輝く透明度の高いダイアモンドが散りばめられていた。
今僕が、手にしているピアスと、配色や宝石こそ違うが瓜二つ……いや、全く同じだった。
息をつめてただただピアスをみつめていれば、C.C.が穏やかな声音で言葉を発した。

「私は指輪にしろといったんだがな。あの坊やは恥ずかしかったようだ」

ルルーシュが、指輪ではなくピアスを選んだ本当の理由は、死んだときに指輪をしていれば相手を探されるからだ。悪逆皇帝に連なるものとして、探し出され殺されることを畏れたからだ。
C.C.だって、それは分かっているはずだ。それでも、あえてからかうように言うのは、C.C.なりの気遣いだろう。
僕の頭の中は空っぽで、うまく反応できない。視線をピアスからはずすことも出来なくて、穴があくんじゃないかというほど、掌の小箱の中の小さなピアスを見続ける。

「ライ、ピアスの裏を見てみろ」

C.C.に促され、怖々とピアス触れた僕は唇をかみ締めて手に取った。そして、いわれたとおりにピアスを裏返す。細長いデザインのピアスの裏に、流れるような流暢な文字で刻まれていたのは古代ブリタニア語。
面積があまりないためか、たった一言刻み込まれていたのは。

『愛している』

その一文に、涙が溢れた。ぽたぽたと頬から涙が零れ落ちて止まらない。歪む視界の中、必死に目を凝らしてピアスを見続ける。と、その下に、さらに小さな文字で刻まれている言葉に気がついた。

『by.ルルーシュ』

純粋に驚いた。僕との関係が明らかになるかもしれないものを、残していただけでも相当な驚きだったのに、それにルルーシュが、自分の名前を刻んだことに。息をするのを忘れるほどに、驚愕した。
驚き目を見開いたせいで、さらに大粒の涙が零れる。視界は完全に歪んでしまって、ピアスが全く見えない。それでも、僕の涙はとまらない。
ぽろぽろと頬を涙が伝う。いつの間にか僕の正面に回りこんできたC.C.が、柔らかく笑う。それは、十年前よく目にしていた不敵なものではなくて、親が子を見るような慈しみに溢れた眼差しだった。
情けない表情で見上げているだろう僕にさらに笑みを深くしたC.C.の顔が迫る。気づいたときには、額に柔らかい感触があった。

「ふふ、どの時代も坊やは泣き虫だ」

そういって、僕の頭を両手で抱え込む。ふわりと香るのはC.C.の香りで、押し付けられた胸元からどくどくと心臓の音が聞こえてくる。体温が、温かくて、僕は鼻の奥がつんとして涙が溢れて止まらない。

「泣けばいい。子供は泣くものだ」

その声が、優しすぎて。どうしようもないくらい自愛に満ちていて。僕はもう、子供と呼ばれる年じゃない。そんな反論は、喉元にすら出なかった。
僕は、掌の中のピアスを大事に抱きしめて、感情のままにC.C.に縋って大声で泣いた。










「……ありがとう、C.C.」

散々泣いて、喚いて、ようやく落ち着いた僕は赤くなった目と少しかすれた声でC.C.にお礼を言った。目は泣きすぎてはれぼったいし、ひりひりする上、ぐすぐすと鼻を鳴らしていると言う酷い状態だったけど、不思議と僕の心は凪いでいた。この十年間で、一番今の僕は穏やかに笑っているだろうと思う。
ルルーシュからの十年越しの贈り物は、それくらいの効果を秘めていた。

「いいさ。お前が泣くなら、この程度」
「今度、手作りのピザをご馳走するよ」
「……私の舌はうるさいぞ?」
「がんばる」

据わったままの僕はC.C.を見上げて笑う。僕の紅茶の腕前を知ったばかりのC.C.は微妙な表情をしたけれど、それでも断ることはなかった。なんだかんだいって、C.C.は優しい。
本気で努力しようと固く決意した僕の頭を一撫でして、C.C.は相好を崩した。

「ピアス、つけるだろう?」
「当然だよ」
「穴、開けてやろうか?」

C.C.の申し出に、僕は少しだけ考え込んで、いいや、と首を横に振った。

「ピアスホールは、他の人に開けてもらう。開けて欲しい人がいるから」
「私を差し置いてか?妬けるな」
「それは光栄だ」

ニヤリと笑ったC.C.に、にっこり笑い返して暫く見詰め合う。すぐに二人とも同時に噴出して、くすくすと笑った。

「さて、私は用事も済ませたし、そろそろお暇しよう」
「朝ごはんくらい、食べていったら?だすよ?」
「いや、いい。私は美味しいものを食べたいからな」

随分な言い草だけれど、実際僕の朝食は質素きわまりないものだから反論は気でない。言葉に詰まった僕に口角を吊り上げて笑ったC.C.は、突然ぼすり、と僕になにか柔らかいものをしつけた。

「?」
「私からの餞別だ」

ピアスの入った小箱を片手に、反対側の手で黄色いそれを支える。向きを変えれば、それは十年前によくC.C.が持ち歩いていたチーズくん人形だった。

「いいの?」
「かまわん。それはダブりだからな」
「……ていうか、まだチーズくん人形あったんだ」
「なにをいう。チーズくんは未来永劫不滅の存在だ」

心底感心した僕の声に、不服そうにC.C.が言い返す。確かに、製造中止になんてなったら目の前の魔女がありとあらゆる手を使って製造を再開させるに違いない。C.C.がいる限りチーズくん人形はなくならないだろうから、いろんな意味で未来永劫不滅の存在だ。
あはは、と笑った僕にC.C.はふん、と鼻を鳴らすとスカートの裾を翻して背を向けた。そしてそのまま、かつかつと足音高く玄関に向かう。

「C.C.本当にありがとう」

十年前から止まっていた僕の時間を、動かしてくれて。ルルーシュからのプレゼントを届けてくれて。
僕の心からのお礼に、C.C.は玄関で扉を開けたまま振り返る。
逆光で、表情はよく見えなかったけれど雰囲気でそれは優しく笑っていたのだろうと思う。
言葉を返すことはなく、そのままC.C.は出て行った。次に、C.C.に会うのはいつになるだろう。C.C.が定住しているとは考えにくい。ということは、C.C.から出向いてくれなければ会うことは出来ないので、次に会うのはまた十年後か二十年後かもしれない。
C.C.にとって、ダブっていてもお宝だろうチーズくん人形は大切にしなければ罰があたるだろう。そっと傍らにおいて、僕は両手でピアスを抱きしめるように抱え込んだ。
ルルーシュからの、贈り物。十年たって、それが届いた意味を考える。それはきっと、ルルーシュの。

「ルルーシュも、ありがとう……」

僕に、君のために生きることを許してくれて。

そっと囁いた言葉に呼応するように、閉ざされた部屋の中で僕の頬を優しく風がなぜた。







2009/11/13