Un preso es mi amante.
締め切り直前に不慮の事態が起こってしまい、普段ならば余裕で締め切りの一週間前には入稿している原稿が締め切り当日になっても仕上がっていなかったルルーシュは作家となって初の締め切り前の徹夜と言うものを経験していた。
普段から余裕入稿なので、担当に一言いえば二・三日程度締め切りを延ばしてもらうことなど造作もないのだろうが、ルルーシュの人からは無駄に高いと言われるプライドが邪魔をしてそんなことはできなかった。三日徹夜の上、死ぬ気でやれば何とかなる!全力だ!とパソコンに向かい、日付け境界線ぎりぎりで、なんとか徹夜三日目、締め切り当日に原稿を上げることに成功した。
流石に誤字脱字のチェックをする時間は取れず、完璧主義のルルーシュとしてはあるまじきことであったがそこはなんとか妥協して担当に原稿をメールに添付して送りつけたのが23時58分。
そこで緊張の糸が切れたらしく、そこから先の記憶は皆無だ。
気づけば眼鏡をかけたままキーボードの上に突っ伏していた。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン
♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪〜♪♪♪〜♪〜♪
けたたましくなり続けるチャイムと、少し離れた場所でメロディーを奏でる携帯。徹夜明けでぼぅ、とした頭に入り込んでくる二つの音は、どちらも自身を呼び出すものだ。
理解したから、というわけではないが、無視できないほどには長々となり続いているために、のっそりと上体を起こしたルルーシュは、ずれた眼鏡を直しながらゆるりと首を回す。真っ白なテーブルの上に放置された携帯はちかちかと点滅を繰り返しながら呼び出しを続けており、玄関の方からは変わらずチャイムが響いている。
欠伸をしながら、のそのそと携帯を手にとってぱかりと開き耳に当てる。
「・・・・・・はい、ルルー」
『ルルーシュ!やっとでた!!今家に居るんだよね?!』
名乗る途中で遮ってきた声は聞きなれた声だ。それは幼少期に出逢って以来、かれこれ二十年来の親友、枢木スザクのものに間違いなく。
「・・・・・・・・・」
『ルルーシュ!』
「っ?!あ、ああ」
眠気に負けてうっかり船をこいでしまったルルーシュは、怒鳴りつける勢いのスザクの声にはっとして目を開く。ぱちぱちと瞬きを繰り返して、しぱしぱする目を眼鏡を押しのけて押さえる。眠い、本当に眠い。泥のように眠りたい。
だが、通話中の相手、スザクはそんなルルーシュの心境も知ったことかとばかりに相変わらずの大声だ。
『家に居るんでしょ!?早く玄関開けて!大切な用事があるんだ!!』
「すまない、後にしてくれ・・・」
『今!今じゃないとダメなの!!お願いだから、玄関開けて!じゃないと、僕・・・玄関突き破るよ』
必死の声音には若干の焦りも見られて、それよりなにより語尾が低かった。本気の声音だった。
スザクが本気を出せば、鍵のかかった玄関を血からづくで開けることくらい、不可能でないと言うことを長年の付き合いから知っているルルーシュは、さぁ、っと顔から血の気が引いていくのが分かった。スザクは、有限実行だ。やるといったら必ずやる。今までそのせいでこうむってきた被害は数知れず。この上玄関まで壊されてなるものか。家の住人がスザクならば、あきっぱなしになった玄関にしめしめと侵入してくる空き巣や泥棒を容易に退治できるだろうが、あいにくこの家の住人はルルーシュ一人だ。自他ともに認めるほど、体力は平均以下。もし、そんな事態になったのならば、命の保証がない。
「分かった、あける。今あけるから、頼む壊すな!」
『五秒以内』
「まて!」
ごーお、よーん、と自分ルール発動して秒読みを始めたスザクに慌てて玄関に走る。寝起きでうまく力が入らなくて、よろけた身体は色々なところにぶつかったが気にしてはいられない。痛みよりも目下の安全確保が断然優先事項だ。
寝起きのせいでぼさぼさの頭に、よろけたさいにずれた眼鏡、三日間全力で原稿と格闘していたルルーシュは当然、その間ろくに風呂にも入ってない。普段ならば考えられない、しわのよったYシャツはスラックスに中途半端に突っ込まれている。
そんな格好で人前に出るなど言語道断だ。それでも、玄関を開けたのは訊ねてきたのが幼馴染兼親友で同姓のスザクだからだった。
見るからにぼろぼろのルルーシュが玄関をあけて出てきたときは流石のスザクも驚いたようで元から大きい瞳をさらに丸くしていたが、すぐに驚きから立ち直ると、ルルーシュの前でぱん!と勢いよく両手を合わせて頭を下げた。
「ルルーシュ、この子、預かって!」
「・・・は?」
「お願い、本当にお願い!一生のお願いだから!!」
がばっと、スザクが頭を下げたことで、それまでスザクの後ろに隠れていた人影をルルーシュも確認することが出来た。
スザクとは、頭一つと半分程、身長が違うだろう小柄な人影は、ルルーシュをみてぺこりと頭を下げた。腰まで伸ばされた長い銀糸の髪が、頭の動きに合わせて揺れる。一瞬しか見えなかった前髪はくせっ毛なのか外側に大きく跳ねていて、瞳の色は大空のような澄み渡るサファイアだった。
膝上でふわりと広がったシフォンスカートのワンピースは、瞳の色より若干薄いブルー。季節を考慮してか、上に羽織られたガウンは真っ白で暖かそうだった。
(この手の服は、汚れが付くと落ちにくいな・・・)
眠気のせいかずれた思考でそんなことを考えていると、ルルーシュがなにもいわないことにそろりと顔を上げたスザクがすがりつくような眼差しを送ってきた。
「ねぇ、いいでしょ。ルルーシュ、君しか頼れる人がいないんだ!」
「・・・・・・いや、まず状況を説明しろ。俺はこのとおり寝起きで頭が回ってない。わかりやすく、簡潔に話せ」
頭を押さえてため息を吐き出せば、スザクは一度口を開きかけ、すぐ何かに思い至ったのか顔色を悪くして押し黙った。
「スザ」
「いまっ、今何時?!」
「?」
「ねぇ、ライっ。今何時か分かる?!!」
「9時8分」
答えないルルーシュの代わりに後ろを振り返って訊ねたスザクは、端的に帰ってきた答えにますます顔色を青ざめさせると、くるりと方向転換をして走り出した。
それはもう、見事なスタートダッシュで、スザクに蹴られて巻き上げられた粉塵がその威力を物語っている。
「うわぁぁぁぁ、遅刻―――っっ!!!!」
「あ、ちょ、まて、スザクっ」
ドロップアウトしていく声だけを置き土産に文字通り脱兎の勢いで消えていったスザクと、取り残された二人は暫く無言でスザクの走り去った方角を眺めていたが、流石に二十年来の付き合いで大分スザクの突拍子もない行動に慣れていたルルーシュが我に返り、大きなため息を吐き出した。
横目で伺えば、スザクが「ライ」と呼んでいた少女は困ったように眉根を寄せていて、同じくスザクに振り回されたのだろうと同情しつつ、いつまでもこうしているわけにはいかないとルルーシュは声をかけた。
「とりあえず、事情を説明してもらえるか?」
「お茶くらいだすさ」と部屋に上がるよう促せば、相変わらず困った表情を崩さないまま「すみません」と返事を返した。
その声が年齢の割りにとても落ち着き払っていて、不思議な子供だとルルーシュに思わせた。
なにから派生したのかわからないのですが、多分「年上×年下十歳差萌える!!」という自らの発言に滾って気がついたら出来上がってたお話。た、多分続く・・・?
2009/11/03